ホテル業界のM&A完全ガイド|成功事例と譲渡時の注意点をプロが解説
「ホテルを売るべきか悩んでいる」「経営が厳しいけど、M&Aって本当に有効なの?」「買収を検討しているが、何に注意すべきか分からない」
そんなお悩みをお持ちの方に向けて、ホテル業界のM&Aについて徹底的に解説します。
本記事では、売却を検討している経営者はもちろん、買収側や異業種からの参入を考えている方にも役立つ情報を、実例とともにわかりやすくお届けします。
■本記事を読むと得られること
- ホテルM&Aの最新動向と成功事例がわかる
- 譲渡時に注意すべきポイントが理解できる
- 売り手・買い手双方のメリットが明確になる
■本記事の信頼性
執筆はM&Aアドバイザー歴10年以上、200件以上の実績を持ち、中小企業庁にも登録された支援機関である筆者が担当。実務に即した正確な情報をお届けします。
この記事を読み終えるころには、あなた自身の立場に応じたM&A戦略の方向性が見え、「今なにをすべきか」がクリアになるはずです。
ぜひ最後までお読みいただき、納得のいく一歩を踏み出す判断材料としてご活用ください。

1. ホテル業界の現状とM&Aが増えている理由
1.1 コロナ後の経営課題と再編の動き
新型コロナウイルスの感染拡大は、観光業界全体に深刻な影響を与えましたが、とりわけホテル業界は甚大な打撃を受けました。訪日外国人旅行者数は2019年の約3,200万人から2021年には約24万人へと激減し、日本政府観光局(JNTO)の統計でもその深刻さが明らかになっています。
これにより、多くのホテル経営者が売上減少、従業員の雇用維持、借入金返済など複数の経営課題を同時に抱えることになりました。なかには資金繰りが悪化し、倒産や廃業を選ばざるを得ないケースも見られます。
こうした状況下で注目されたのが「M&Aによる再建」です。経営が厳しいホテルを大手資本や異業種の企業が買収することで、設備投資や経営改革を進める道が開かれました。事業の継続性を確保しながら、従業員の雇用も守ることができるため、M&Aは“撤退”ではなく“前向きな選択肢”として認識され始めています。
また、M&Aによる業界再編も進行中です。同地域内の複数ホテルを統合して運営効率を高めたり、観光資源との連携を強化したりするケースが増えています。これにより、地域全体の観光価値の底上げにもつながると期待されています。
以下に、コロナ後の主なホテル経営課題を整理します。
主な経営課題 | 影響 |
---|---|
売上の急減 | 固定費の圧迫・資金繰りの悪化 |
人材不足 | サービス品質の低下・業務負担増 |
老朽化した設備 | 改修費負担の重さ・集客力の低下 |
情報発信力の弱さ | インバウンド需要の取り込み不足 |
これらの課題は、単独では解決が難しい場合が多く、他社との連携や資本の導入を必要とする局面に直面しています。その選択肢として、M&Aが活用されているのです。
1.2 M&Aが選ばれる背景とは?
ホテル業界でM&Aが急速に進む背景には、経営難という理由だけでなく、成長戦略としての意図もあります。特に以下の3点が挙げられます。
- 経営基盤の強化
- ブランド力の取得
- 事業ポートフォリオの多様化
買い手にとっては、既存のホテルを買収することで、ゼロから施設を建設・開業するよりも圧倒的に早く事業を開始できます。また、地元で信頼されてきたブランドや従業員をそのまま活用できることは、大きなメリットとなります。
一方、売り手側も、単独では立て直しが難しい状況でも、他社の支援を得ることでサービスの質や従業員の雇用を守ることが可能となります。これは、単なる「身売り」ではなく、地域資源としてのホテルを守る“選択的M&A”という考え方です。
たとえば、東京都心では不動産価値を見越した外資系ホテルグループによる買収が進んでいます。地方では、公共交通や観光資源と連携した再生型M&Aも活発化しています。さらに、宿泊需要のリバウンド(インバウンド再開や国内旅行需要の回復)を見据えた戦略的な動きが増加しています。
以下は、買収側企業がM&Aを行う主な動機です。
- 宿泊・観光需要の取り込み
- 資産(不動産)の獲得
- 人材・運営ノウハウの確保
- 自社サービスとの相乗効果(レジャー・小売・飲食との連携)
ホテルM&Aは、単なる買収・売却ではなく、買い手・売り手・地域の三方にメリットをもたらす「持続可能な成長戦略」として活用されているのです。
このように、コロナ後の経営環境を受け、ホテル業界ではM&Aが経営の打開策としてだけでなく、将来への布石として選ばれるケースが増えています。事業承継、経営改革、ブランド強化のいずれの面においても、M&Aは有効な選択肢となり得る時代が到来しているのです。
2. M&Aでホテルを売却するメリット
2.1 経営の立て直しにつながる
ホテルを売却する大きなメリットのひとつは、経営の再建や立て直しが可能になる点です。特に赤字続きの状況や資金繰りに行き詰まっている場合、第三者による経営資源の導入は事業継続への大きな打開策となります。
コロナ禍を経て、観光業全体の需要は回復傾向にある一方で、資金体力を消耗しきった中小ホテルにとっては、広告投資や設備投資が難しく、単独再建は困難です。M&Aにより、資本力のある企業と提携すれば、こうした経営課題を解消できます。
たとえば、以下のような経営課題がM&Aによって改善されることがあります。
課題 | M&Aによる改善例 |
---|---|
資金不足 | 親会社からの増資や融資により再建 |
営業ノウハウの欠如 | 買い手企業のマーケティング戦略を導入 |
集客力の低下 | ブランド統合により認知度を向上 |
経営者の高齢化 | 後継者問題を解消し、事業承継を実現 |
このように、M&Aは経営危機の「終わり」ではなく、「新たなスタート」としてポジティブに活用されるケースが増えています。特に金融機関や地域支援機関が、M&Aを積極的に紹介・支援する事例も見られます。
2.2 従業員の雇用維持と安心
ホテル業界はサービス業である以上、従業員の接客力やホスピタリティが事業の質を左右します。しかし、経営不振が続くと、従業員の雇用を守るのは困難になります。
M&Aによって事業が継続されることで、従業員の雇用が維持されるだけでなく、待遇や働き方の改善が図られるケースも多くあります。これは、従業員にとっても大きなメリットです。
厚生労働省の資料によれば、従業員100人未満の企業では、廃業によって職を失う人の割合が約6割にのぼるとされています。そのため、M&Aによって“会社ごと譲渡される”形で事業が存続することは、地域の雇用を守る意味でも重要です。
また、大手ホテルチェーンや異業種企業による買収の場合、以下のような好循環が生まれやすくなります。
- 研修制度や評価制度の導入によるキャリアアップ支援
- 設備投資による業務負担の軽減
- 福利厚生や賃金体系の見直し
とくに、従業員との信頼関係を重視する買い手企業とのマッチングが実現すれば、雇用の安定だけでなく、従業員のモチベーション向上にもつながります。
2.3 ブランド力・集客力の向上
経営が安定していないホテルに共通する課題として、「集客力の弱さ」や「認知度の低さ」が挙げられます。自社単独では限界のある広告・宣伝活動も、大手ホテルチェーンの傘下に入ることで解消されることがあります。
M&Aによってブランド統合されることで、以下のようなマーケティング面でのシナジーが期待できます。
- 全国的な予約ネットワークへの掲載
- 共通ロイヤルティプログラムの導入
- グループ内の顧客送客施策
たとえば、大手の「リゾートトラスト」や「ルートインホテルズ」が地方の温泉旅館を買収し、既存ブランドに組み入れたことで、利用客が増加したという実例もあります。これは単なる知名度の問題だけではなく、「安心して泊まれるホテル」としての信頼感を得るための効果的な手法です。
また、Web広告やSNS運用のノウハウをもった買い手企業が入ることで、オンライン予約比率を高めたり、外国人観光客向けの多言語対応を強化したりと、集客チャネルの幅が広がることもメリットです。
以下は、M&A後に期待される主なマーケティング効果です。
項目 | 効果 |
---|---|
ブランド統合 | 利用者の信頼性向上 |
Web集客の最適化 | 予約件数・リピーター増加 |
インバウンド対応強化 | 海外観光客の取り込み |
このように、M&Aによって「見つけてもらえるホテル」に生まれ変わることは、売上のV字回復に直結する重要な要素です。
以上のように、ホテルを売却することには単なる事業譲渡にとどまらず、経営再建・雇用維持・集客強化という多面的なメリットが存在します。M&Aは、「終わり」ではなく「再出発」の手段として、ますます注目されています。
3. ホテル買収のメリットと戦略
3.1 不動産としての価値がある
ホテルを買収する大きなメリットのひとつに、「不動産資産の獲得」が挙げられます。特にホテルの多くは駅前や観光地、市街地など立地条件に恵まれており、資産価値の高い不動産を保有しています。
国土交通省の「不動産価格指数」によると、商業用不動産(宿泊施設含む)の価格は長期的に安定した推移を見せており、とくに東京・大阪・福岡などの大都市圏では上昇傾向にあります。そのため、単なる事業買収ではなく、資産運用や投資としての観点からもホテルM&Aは魅力的です。
たとえば、以下のような観点で不動産としての魅力が評価されます。
- 駅から徒歩5分圏内に位置する都市型ホテル
- 観光地にある歴史的・文化的価値の高い建物
- 再開発や民泊対応可能な柔軟な用途地域
また、M&Aで取得したホテルをリノベーションし、宿泊施設以外(オフィス、店舗、シェアスペース等)として活用する動きも広がっています。これにより、物件の利回りを最大化する戦略が可能になります。
実例としては、東京・浅草にあった老舗ホテルを再生し、下層階にカフェとコワーキングスペースを設置することで収益性を改善した事例があります。ホテル本来の宿泊機能に加え、不動産ビジネスとしての広がりも見込めるのが買収の魅力です。
3.2 即戦力の人材を確保できる
ホテル業界では、建物や設備以上に「人材」が成功のカギを握る要素です。とくに接客や運営ノウハウは、短期間で育成することが難しく、経験と勘が求められます。
その点、M&Aで既存のホテルを買収すれば、従業員や支配人をそのまま引き継ぐことができ、開業初日からスムーズな運営が可能になります。これは新規参入者にとって大きな利点です。
総務省「就業構造基本調査」によると、宿泊業の従業員は約60%が非正規雇用ですが、長年同じ施設で働き続けている人も多く、地域密着型のサービス提供が強みです。M&Aによって、こうした地元スタッフの知見を活かすことができるのです。
以下のような職種・役割が、即戦力として価値を発揮します。
職種 | 引き継ぎのメリット |
---|---|
フロントスタッフ | 地域観光の案内やリピーター対応 |
料理人・厨房スタッフ | 地域食材を活かした人気メニューの継承 |
清掃・メンテナンススタッフ | 品質を保つための作業ノウハウの維持 |
また、マネジメント経験をもつ支配人や運営リーダーの存在も、事業の安定運営において重要なポイントです。M&Aによる人材の継承は、開業リスクや教育コストの削減にもつながります。
3.3 異業種からでも参入しやすい
ホテル業界は、異業種からの参入が比較的しやすい分野として注目されています。なぜなら、M&Aを通じて既に稼働中のホテルを取得すれば、ゼロからの立ち上げに比べて初期投資・期間・ノウハウ面での負担が大幅に軽減されるからです。
近年では、以下のような異業種企業がホテル業界に進出しています。
- アパレル企業:自社ブランドと連動したライフスタイル型ホテルを展開
- 不動産業者:資産活用としてホテル運営を選択
- IT・広告業界:Web予約・デジタル施策との親和性を活かして参入
たとえば、家具メーカーの「ニトリ」は、自社ブランドの快適性をホテルで体感できるような宿泊施設を展開しています。これは、自社製品のマーケティングと宿泊事業を融合させた好例です。
また、オペレーションについては、買収先の既存スタッフや外部の運営受託会社(ホテルマネジメント会社)に任せることで、自社に専門ノウハウがなくても経営が可能となります。こうしたビジネスモデルの柔軟性が、異業種からのM&Aを後押ししています。
さらに、観光庁や地方自治体が主導する地域活性化プロジェクトにおいても、異業種企業との連携が積極的に進められており、買収後の事業展開において官民連携の支援を受けやすいというメリットもあります。
このように、ホテル買収は不動産投資・人材確保・異業種参入という3つの観点で非常に戦略的な選択肢といえます。M&Aを通じて既存資源を活用しながら、収益性と社会的意義の両立を図る動きは、今後さらに広がっていくと予想されます。
4. ホテルM&Aで注意すべき手続きと法的ポイント
4.1 許認可の引き継ぎに関する注意点
ホテルのM&Aでは、「許認可の引き継ぎ」が極めて重要なポイントです。ホテルは宿泊業という営業形態上、旅館業法に基づく営業許可や消防法による検査済証、飲食店営業許可、温泉地であれば温泉利用許可など、さまざまな公的認可を受けて営業しています。これらは単に建物を譲り受けるだけでは自動的に移行されるわけではないため、事前の確認と手続きが不可欠です。
特に注意すべきは「M&Aの手法」によって許認可の取り扱いが変わる点です。
譲渡形態 | 許認可の取り扱い |
---|---|
株式譲渡 | 法人格が変わらないため、許認可は基本的にそのまま引き継ぎ可 |
事業譲渡 | 営業者が変わるため、許認可の再取得が必要 |
会社分割・合併 | 形式によって引き継ぎ可否が異なる(都度行政と相談) |
たとえば、個人事業主が営む温泉旅館を法人が買収する場合は、ほとんどの許認可が引き継げないため、買い手が新規で旅館業の営業許可などを申請する必要があります。こうした再取得手続きには、1ヶ月以上かかることも珍しくなく、申請ミスがあれば営業再開に遅れが生じてしまいます。
また、以下のような許認可も、M&Aの対象となるホテルの運営に必要となるケースがあります。
- 飲食店営業許可(朝食提供などがある場合)
- 風俗営業許可(カラオケやバーが併設されている場合)
- 建築確認済証や消防検査済証
これらは都道府県や市町村の条例によっても内容が異なるため、現地の行政窓口への事前確認が不可欠です。特に、築年数の古い旅館や地方の小規模施設では、法改正の影響で以前の基準では新たな営業許可が下りないケースもあります。
行政への申請手続きに加え、M&A契約書にも「許認可が取得できなかった場合のリスク分担(表明保証条項や解除条項)」をしっかり盛り込むことが、法的なトラブルを未然に防ぐカギとなります。
したがって、買収対象ホテルに必要な許認可の種類と現状を事前に洗い出し、法務・行政書士・M&Aアドバイザーなどの専門家と連携しながら進めることが、安全なM&Aの第一歩となります。
4.2 情報漏洩を防ぐための対策とは
ホテルのM&Aにおいてもう一つ重要なのが、「情報漏洩リスクへの対応」です。M&A交渉中に売却の情報が外部に漏れてしまうと、顧客や取引先、従業員に不安を与え、営業面や人材流出などに悪影響を及ぼす可能性があります。
とくにホテル業界では、地域住民との信頼関係やリピーターの安心感が集客の土台となっているため、情報管理のミスは致命的です。M&Aによる売却のうわさが先に伝わってしまうと、以下のような悪影響が生じます。
- 従業員の退職やモチベーション低下
- 既存予約のキャンセル増加
- サプライヤーや地元業者との取引停止
これらを防ぐには、以下のような具体的対策が有効です。
- 初期段階で秘密保持契約(NDA)を締結する
- 買い手候補に情報を渡す前にロングリストの段階でスクリーニングを行う
- 詳細資料(IM等)へのアクセスを段階的に管理する
- 社内にも最小限の関係者にのみ情報を共有する
また、売却を仲介するM&Aアドバイザーが「他の案件と取り違えて情報を誤送信する」「買い手候補に過度に拡散してしまう」といったケースも実際に報告されています。そのため、守秘義務と誠実性のある支援者を選ぶことも極めて重要です。
仮に情報漏洩が起きてしまった場合には、迅速な説明と謝罪、また状況に応じたコミュニケーション(従業員説明会、取引先向けの通知等)を通じて信頼回復を図る必要があります。
加えて、情報管理体制そのものを強化するために、M&Aに特化した仮想データルーム(VDR:Virtual Data Room)の活用も有効です。アクセス履歴や資料の閲覧管理ができるため、漏洩リスクを大きく低減することができます。
このように、ホテルM&Aにおいては「許認可の承継」と「情報管理」という2つの法務・実務上の要点に十分な配慮が求められます。トラブルを未然に防ぐためには、M&Aの経験が豊富な専門家のサポートを受け、慎重かつ着実にプロセスを進めることが大切です。
5. 【事例紹介】成功したホテルM&Aの具体例
5.1 地方旅館の再生型M&A事例
地方の旅館や温泉宿は、観光資源としてのポテンシャルが高い一方で、経営者の高齢化や後継者不在により、事業継続が困難になっているケースが多く見られます。こうした施設を対象にしたM&Aでは、「地域資源の再活用」と「観光再生」が同時に実現できる点が注目されています。
観光庁が公表する「観光白書2023年版」によると、宿泊業の廃業理由の約60%が「後継者不足」によるものであり、これを背景に旅館型M&Aのニーズが高まっています。
徳島県にある秘境「祖谷渓温泉観光株式会社」は、長年にわたり地域に親しまれてきた老舗旅館を運営していましたが、施設の老朽化や設備投資負担の増加により、独自運営の継続が困難な状況に陥っていました。2020年に総合不動産会社「穴吹興産株式会社」が同社を買収し、経営支援と設備投資を実行。温泉の魅力と地域資源を活かしつつ、宿泊施設としての競争力を回復しました。
このようなケースでは、単なる資金援助だけでなく、観光地全体の活性化を見据えた広域的な再生戦略が鍵となります。再生型M&Aは、地方創生や雇用維持にもつながるモデルとして今後ますます重要性が高まっていくでしょう。
5.2 大手企業による買収成功例
ホテル業界では、大手企業による買収によってブランド力や資本力を活かした経営改善が行われる事例も多く存在します。特に全国展開しているホテルグループや外資系資本は、効率的なオペレーション体制や販促網を持っており、買収後の業績回復に大きな効果を発揮します。
和歌山県に本拠を置く「浦島観光ホテル株式会社」は、南紀エリアの観光拠点として長年親しまれてきた企業です。しかし施設の老朽化や事業環境の変化により、経営継続が困難となり、2020年に「日本共創プラットフォーム(JPiX)」へ株式を譲渡しました。JPiXは、空港運営や地域開発にも取り組む企業であり、観光インフラとしてのホテルの役割を再定義。経営体制の強化や人材育成支援を通じて、ホテル事業の再生を推進しています。
このような買収は、以下のような好循環を生み出します。
- 大手企業の資金力を活かした施設改修
- 販売チャネルの統合による集客強化
- グループ全体での送客による稼働率向上
ブランド再構築と経営効率化が両立された好例であり、売却側にとっても「大手による承継」という安心材料になる点は大きな特徴です。
5.3 異業種参入によるシナジー創出例
近年では、飲食・アパレル・通販など異業種の企業がホテル事業に参入する動きが加速しています。これらの企業は自社の顧客基盤やブランド戦略をホテル事業に活かすことで、新しい宿泊体験を創出しています。
北海道の定山渓にある大型リゾート施設「Karakami HOTELS&RESORTS」は、2021年にカタログ通販大手「株式会社ベルーナ」によって資産譲渡という形で承継されました。ベルーナは、もともとグループ内でホテル事業を手がけていた背景があり、スパ・温泉施設の運営ノウハウと自社顧客への販売網を掛け合わせることで、新たな集客モデルを構築しました。
また、京都・東山にある老舗料理旅館「菊水」は、2017年に飲食業を中心とした企業「バルニバービ」によって買収されました。バルニバービは、「食と空間のプロデュース力」を活かし、伝統的な旅館と現代的なダイニングを融合させた全く新しい形の宿泊施設へと再生させています。
このような異業種M&Aの特徴は以下のとおりです。
参入業種 | M&Aによるシナジー |
---|---|
飲食業 | レストラン併設型ホテル、地元食材の活用 |
通販業 | 顧客基盤への販促、会員向け優待宿泊 |
IT・広告 | ネット予約強化、マーケティング支援 |
異業種による買収は、従来の宿泊事業の枠を超えた「新しい価値提供」を可能にし、結果として観光地や施設全体の魅力を高める取り組みにもつながっています。
このように、ホテル業界のM&Aは、単なる事業承継にとどまらず、地域経済や観光価値の再構築、さらには異業種による新たなイノベーションのきっかけにもなっています。成功事例から学ぶことで、M&Aの可能性と多様性がより具体的に理解できるようになります。
6. ホテルM&Aを成功に導く3つのポイント
6.1 早期準備と専門家の活用
ホテルM&Aの成否は、どれだけ早い段階から準備を始められるかに大きく左右されます。事業譲渡や株式売却といった形式に関わらず、財務内容や人材体制、法的な手続きの整理には時間がかかるため、「思い立ったときが準備の始めどき」と言えます。
とくに旅館業や宿泊施設は固定資産や許認可、契約関係が複雑に絡むため、M&Aに慣れた専門家(公認会計士、弁護士、M&Aアドバイザーなど)の協力が不可欠です。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン第3版」でも、売り手が十分な事前準備を行うことの重要性が強調されています。
準備段階で確認しておくべき主な事項は以下のとおりです。
- 最新の決算書と資産台帳の整備
- 不動産登記や契約関係の名義確認
- 主要取引先との契約の有無と期限
- 従業員雇用契約と就業規則の整備
これらの情報を整理し、「インフォメーション・メモランダム(IM)」などの資料に落とし込む作業は、専門家の手を借りてスムーズに進めるのがベストです。また、仲介型M&Aだけでなく、FA(フィナンシャル・アドバイザー)による売り手単独支援を選ぶことで、利益相反リスクを避ける選択肢もあります。
6.2 情報管理と信頼構築
M&Aにおける「情報の取り扱い」は、交渉の信頼性と交渉相手の安心感に直結する重要な要素です。交渉が開始された段階では、売却を社内外に公表するタイミングは慎重に管理されるべきです。
特にホテル業は「顔の見えるサービス業」であり、情報漏洩は従業員の不安、顧客の離反、地域との関係悪化に直結します。そのため、以下の対策が有効です。
- 秘密保持契約(NDA)をすべての買い手候補と締結
- 買い手に開示する情報を段階的に管理(ティーザー → IM → デューデリ)
- 社内開示のタイミングを段階的に設計
- 経営者自身が誠意ある対応をすることで買い手の信頼を得る
また、信頼構築の観点からも、「虚偽がない」「隠しごとがない」「誠実な経営をしている」ことが、交渉において大きな信用となります。財務状況や施設の不具合、過去のトラブルなど、たとえ不利に見える情報であっても、包み隠さず伝えることが結果的にはプラスに働きます。
M&Aは「情報開示のタイミングと深度」が勝負です。信頼を得られる企業であることを示すためにも、早めの整備と慎重な情報管理が必要不可欠です。
6.3 相手企業との理念共有がカギ
M&Aを単なる「売却」「買収」という取引で終わらせないためには、最も大切なのが「理念や価値観の共有」です。これは金額の条件よりも、買い手・売り手双方が「このホテルをどう残したいか」「従業員や地域とどう向き合いたいか」というビジョンを持っているかにかかっています。
実際、買い手側が強い投資目的のみで進めたM&Aは、買収後に従業員の離脱や地域からの反発を招き、運営がうまくいかなくなることも少なくありません。逆に、買い手がホテルの歴史や理念に共感し、誠実な姿勢で向き合う場合、従業員の定着率も高まり、地域との信頼関係も強化されていきます。
理念共有を確認するには、トップ面談や複数回の意見交換が有効です。とくに以下のようなポイントを確認すると良いでしょう。
- 買い手企業の事業ビジョンとホテル事業の位置づけ
- 買収後の運営方針や人員配置の考え方
- 地域貢献・雇用維持に対するスタンス
- 過去に買収した企業との統合実績・文化の扱い方
たとえば、旅館業を営んでいたオーナーが「地域の歴史を守ってほしい」という願いを持っていたケースでは、地域イベントや文化継承を重視する企業への譲渡が成功につながった事例があります。
M&Aは「数字の合意」だけでなく、「想いの一致」も必要です。これは、売り手側にとっての安心材料であると同時に、買い手側にとっても、従業員・顧客・地域の支持を得るための土台となります。
このように、ホテルM&Aを成功させるには、①早期準備と専門家の力を借りること、②情報管理と誠実な信頼構築、③理念を共有できる買い手との出会い、という3つの柱が欠かせません。経営資源の引き継ぎだけでなく、ホテルの価値と文化を未来に残すM&Aこそが、真の成功事例となるのです。
7. 今後のホテル業界とM&Aの展望
7.1 インバウンド回復と市場再成長
今後のホテル業界において最も大きな成長要因の一つが、インバウンド需要の本格的な回復です。新型コロナウイルスの影響で落ち込んだ訪日外国人旅行者数は、2023年後半から急速に回復傾向を見せており、観光庁の「訪日外国人消費動向調査」によると、2024年にはコロナ前の7〜8割にまで回復する見通しが示されています。
特にアジア圏(中国・台湾・韓国・東南アジア)からの訪日需要は高く、円安傾向も相まって「お得に日本を楽しめる」旅行先として日本の人気は再燃しています。これに伴い、地方の観光地でも宿泊施設への需要が急増しており、稼働率・単価ともに上昇傾向です。
以下は観光庁の発表をもとにしたデータです。
年 | 訪日外国人旅行者数 | 1人あたり旅行支出(平均) |
---|---|---|
2019年(コロナ前) | 3,188万人 | 158,531円 |
2023年 | 2,496万人 | 212,000円(推定) |
2025年(予測) | 3,500万人超 | 230,000円超 |
このように、市場としては確実に回復・拡大に向かっており、それに伴い宿泊業の需要も右肩上がりに成長すると考えられます。既存のホテル・旅館がこの需要に対応しきれない地域では、新規参入やM&Aによる経営資源の再配置が重要な施策となります。
たとえば、インバウンド向けの多言語対応、キャッシュレス決済、Wi-Fi環境、観光コンシェルジュ機能など、訪日外国人のニーズに適応するには、設備投資や人材育成が必要です。これを実現する手段として、大手ホテルチェーンによる買収や、異業種による観光業参入などがますます活発になるでしょう。
7.2 中小ホテルの活路としてのM&A
一方で、地方や中小規模のホテル・旅館にとって、インバウンド需要の回復だけでは経営が安定するとは限りません。長年の収益悪化や老朽化した施設、人材不足、後継者不在など、構造的な課題を抱える施設が少なくないためです。
そこで注目されるのが「中小ホテルにとってのM&A活用」です。経営体力が限られる中小事業者にとって、単独で投資・改善を図るよりも、資本力やノウハウをもつ企業に事業承継することで、顧客満足度や経営の安定性を向上させる道が開かれます。
次のようなケースは、M&Aによって活路を見出せる典型例です。
- 家族経営で後継者がいない旅館
- 設備の老朽化でリニューアル費用を捻出できない宿泊施設
- IT対応やインバウンド戦略に不慣れな中小ホテル
これらのホテルが大手資本や専門業者の傘下に入ることで、以下のような効果が得られます。
- 販路の拡大(OTA対応・自社サイト強化)
- インバウンド顧客への対応力向上(多言語化・接客教育)
- リブランドによる価格設定・集客の最適化
たとえば、和歌山県の「浦島観光ホテル」は老朽化により独立経営の継続が困難となっていましたが、2020年にJPiXに株式譲渡し、運営基盤を再構築。結果的に、南紀エリアの活性化につながる地域戦略の一翼を担う形で再生に成功しました。
中小ホテルにとってM&Aは、単なる売却や撤退ではなく、「再投資型の成長戦略」「経営刷新の機会」として前向きに活用できる選択肢です。特に観光庁・地域金融機関・地方自治体が連携して進める「地域観光資源活用支援」などの補助金・支援スキームも活用すれば、よりスムーズに承継が実現できます。
このように、インバウンドの追い風と、中小ホテルの課題解決手段としてのM&Aという両輪が、今後のホテル業界の再成長と再編を加速させていくことは間違いありません。地域と共生しながら持続可能な観光業を築くためにも、M&Aは今後さらに不可欠な選択肢となっていくでしょう。
まとめ
ホテル業界におけるM&Aは、経営改善の打開策であると同時に、成長戦略や地域再生の手段としても注目されています。売り手・買い手それぞれに明確なメリットがあり、適切な準備とパートナー選びが成功のカギを握ります。
- 売却で経営改善ができる
- 買収で事業拡大が可能
- 法的手続きに注意が必要
- 情報管理が成功の要
- 理念の共有が重要となる
アーク・パートナーズでは、宿泊業特有の課題に寄り添いながら、信頼と実績に基づいたM&A支援を提供しています。詳しく知りたい方は、ぜひアーク・パートナーズまでお問い合わせください。
