介護業界のM&A完全ガイド|相場・事例・後悔しない譲渡の進め方をわかりやすく解説
「介護事業を売却したいが、どこに相談すればよいかわからない」「M&Aの失敗リスクや注意点を知っておきたい」──そんなお悩みを抱えていませんか?
本記事では、介護業界におけるM&Aの基本から、実際の成功事例、注意点、そして後悔しない進め方までを、現役のM&A専門家がわかりやすく解説します。
■本記事を読むと得られること
- 介護業界M&Aの相場や進め方がわかる
- 失敗しないための注意点と準備が学べる
- 成功事例から譲渡のヒントが得られる
■本記事の信頼性
本記事の執筆者は、M&Aアドバイザー歴10年以上、200件以上の中小企業M&Aに関与。中小企業庁登録のM&A支援機関として、誠実・丁寧・高品質な支援に定評があります。
この記事を読むことで、介護事業の譲渡に対する不安が解消され、信頼できる相手との納得いくM&Aに一歩踏み出せるようになります。
3分で読める内容ですので、ぜひ最後までご覧ください。

1. 介護業界でM&Aが注目される背景とは?
1.1 少子高齢化と介護サービスの将来性
介護業界がM&Aの対象として注目されている大きな理由の一つは、日本における急速な少子高齢化の進行です。総務省統計局によると、2024年時点で65歳以上の高齢者人口は約3,600万人を超え、総人口に占める割合は約29%に達しています。今後もこの割合は増加し続けると見込まれており、それに伴い介護サービスの需要も年々高まっています。
一方で、少子化の影響により労働力人口が減少し、介護現場では慢性的な人手不足が深刻化しています。厚生労働省の発表によれば、2040年には約69万人の介護人材が不足すると試算されており、現場の負担増が懸念されています。こうした背景から、多くの中小介護事業者が単独での経営継続に限界を感じ、M&Aによって大手企業のグループに入ることで人材や資本の支援を受けようとする動きが活発になっているのです。
また、国や自治体も地域包括ケアシステムの整備を推進しており、医療・介護・福祉の連携が求められています。これに伴い、異業種とのM&Aや、地域内の複数事業者の統合による経営効率の向上が重要視されてきました。
たとえば、地方のグループホームを複数運営していたA社は、後継者不在や人材確保の難しさから地場の医療法人に事業譲渡を決断しました。このM&Aによって、スタッフの雇用を守りつつ、医療・介護の連携強化に成功し、地域社会からの評価も向上したという事例があります。
このように、少子高齢化は介護サービス需要の拡大と人手不足という相反する課題を同時に生み出していますが、それゆえにM&Aは介護事業者にとって現実的かつ戦略的な選択肢となっているのです。
1.2 なぜ今、M&Aが急増しているのか
近年、介護業界におけるM&Aが急増している背景には、単なる高齢化社会の進行だけでなく、制度・市場環境の変化が密接に関係しています。
まず注目すべきは「介護保険制度の改正」です。制度改正によってサービス提供体制の効率化が求められる一方、報酬体系は頭打ちとなり、特に小規模事業者の経営を圧迫しています。これにより、収益性の低下や将来不安から事業売却を検討するケースが増えているのです。
さらに、介護業界の構造的課題として「運営ノウハウの属人化」や「経営者の高齢化」が挙げられます。特に地方では、創業経営者が高齢であり、後継者不在のまま事業承継が困難な法人が多く存在します。これらの法人が事業継続の選択肢としてM&Aを選ぶことで、他の成長志向の企業にとっては買収のチャンスとなり、市場全体でM&A件数が増加しているのです。
実際に、株式会社レコフの「M&A年鑑」によると、介護・福祉関連業種のM&A件数は過去5年間で右肩上がりに増加しており、特に2023年~2024年にかけては中小事業者の譲渡事例が大幅に増加しています。
こうした動きは、大手企業の新規参入も後押ししています。たとえば、2024年には日本生命が介護大手のニチイホールディングスを買収し、大きな話題となりました。このように保険・医療・IT業界など異業種からの参入が活発化しており、業界再編の波が広がっているのです。
また、介護業界特有のライセンスや許認可の取得には専門性が必要であり、ゼロからの新規立ち上げよりも、既存事業者のM&Aを活用する方が効率的であるという経営判断も、M&A増加の要因となっています。
今後、厚労省が推進する「介護人材確保支援策」や「ICT導入補助制度」なども背景に、M&Aを通じた業界再編はさらに加速するものと考えられます。
このように、今M&Aが急増しているのは、単なる高齢化ではなく、制度変化・経営課題・業界再編・他業種の参入といった複合的な要因が重なっているからです。経営者にとってもM&Aは「守り」だけでなく「攻め」の戦略として有効に活用されていると言えるでしょう。
2. 介護業界のM&A市場と相場の基本知識
2.1 M&A価格の決まり方(マルチプル式など)
介護事業を売却する際、まず気になるのが「いくらで売れるのか」という点です。M&Aにおける価格の算定は、業種を問わず一定の基準に基づいて行われますが、介護業界においても「マルチプル法」と呼ばれる方法がよく使われています。
マルチプル法とは、企業の収益力をもとに価格を決定する方法で、以下のような計算式が使われます。
計算式 | 内容 |
---|---|
売却価格 = EBITDA × マルチプル(倍率) | EBITDAは「営業利益+減価償却費」 |
売却価格 = 営業利益 × 2〜5倍 | 小規模介護事業では営業利益を使う場合もある |
実際のマルチプル(倍率)は、事業の規模や成長性、地域性、人材の質、利用者数などによって変動します。一般的な中小規模の介護事業では、2〜5倍程度が目安とされており、営業利益が2,000万円ある場合は4,000万円〜1億円前後で売却されるケースもあります。
また、EBITDAではなく、純資産と利益を組み合わせた以下のような計算式も使われます。
売却価格 = 時価純資産 + 営業利益 × 年数(2〜5年)
たとえば、時価純資産が5,000万円、営業利益が1,000万円で、3年分を加味する場合は、以下の通りです。
- 5,000万円+(1,000万円×3年)=8,000万円
このように、収益性が高く、安定した運営がされている事業ほど高い評価が付きやすくなります。
2.2 売却価格に影響する主な要素とは?
介護事業のM&Aにおける価格は、単なる計算式だけでは決まりません。以下のような「売却価格に影響する要素」が複合的に評価されます。
主な評価項目 | 評価されるポイント |
---|---|
施設・不動産の所有状況 | 自社所有なら資産価値として加点されやすい |
人材の質と定着率 | 介護福祉士など有資格者が多く、離職率が低いと高評価 |
顧客基盤・稼働率 | 安定した利用者が確保されているかどうか |
行政との関係性 | 指定事業者としての信頼性や実績 |
書類・記録の整備状況 | 運営状況が明確で透明性があるか |
これらの要素の中でも、特に買い手が重視するのが「人材」です。介護業界では、いくら設備や建物が立派でも、現場を支えるスタッフがいなければ事業運営は成立しません。
厚生労働省の「介護労働実態調査(2023年)」によると、介護現場における離職率は16.2%であり、業界全体で人材の流出が問題となっています。このため、離職率が低く、従業員満足度が高い介護事業所は非常に高く評価されます。
たとえば、神奈川県内でデイサービスを運営していたB社は、10名中8名が有資格者であり、過去3年間の離職者はゼロでした。事業譲渡に際しては、買い手側から「この人材をそのまま引き継げるなら高値でも構わない」と言われ、営業利益3年分+αという好条件で成約しました。
一方で、書類の整理が不十分だったり、債務超過の状態にある場合は、大幅な価格減額や、買い手が見つからないリスクもあります。特に以下のような状態は注意が必要です。
- 賃貸物件で建物の契約期間が短い
- 自治体からの改善指導・行政処分歴がある
- 経営者とスタッフの関係性が悪く、人材流出の懸念がある
これらの点を踏まえ、売却価格の最大化を目指すには、数値だけでなく「事業の質」や「運営の透明性」を整えることが重要です。
つまり、介護事業のM&A価格は単なる利益の倍率ではなく、人・物・制度・信頼性といった複合的な要因で成り立っており、日々の経営努力そのものが評価に直結しているのです。
3. 実際にあった介護業界のM&A成功事例
3.1 中小事業者の譲渡成功例(地域密着型)
中小規模の介護事業者でも、地域に根ざした信頼と安定した経営があれば、十分に魅力的なM&A対象となります。実際、地域密着型の介護施設が、大手企業や同業の成長志向の事業者に譲渡され、双方にとって大きな成果を生んだ事例は数多く存在します。
たとえば、ある地方都市で10年以上にわたりデイサービスと訪問介護を運営してきた「株式会社さくら介護」は、地域住民との強い結びつきを武器に、利用者数も安定し、黒字経営を続けていました。代表者は高齢となり、後継者不在という悩みを抱えていましたが、「従業員と利用者を守りたい」という想いから、地域内で複数拠点を展開する同業他社へ譲渡する道を選びました。
このM&Aでは、以下のような条件が重視されました。
- 事業所のスタッフを全員雇用継続
- 事業ブランド名の継承
- 代表者の一定期間の関与による引き継ぎ支援
その結果、利用者やその家族への不安も最小限に抑えられ、現場スタッフの離職もゼロで統合が完了。譲受企業はこの地域の信頼を引き継ぎ、効率的な運営とサービスの拡充を実現できました。
中小事業者にとっても、自社の特色や地域からの信頼をしっかり評価してくれる買い手と出会うことで、価格以上の価値あるM&Aが実現できます。
3.2 大手による買収例とその狙い
介護業界の再編が進む中、大手企業によるM&Aも加速しています。買収の目的はさまざまですが、共通しているのは「スピード感のある事業拡大」と「地域に根差した即戦力の獲得」です。
具体的な例として、2024年に話題となったのが「日本生命保険相互会社」による「株式会社ニチイホールディングス」の買収です。ニチイは全国に介護施設を展開する大手で、もともと医療・介護分野における基盤を持っていました。日本生命との業務提携は1999年から続いており、今回は長年の協業関係をさらに発展させる形でのM&Aとなりました。
この買収の背景には以下のような戦略的な狙いがありました。
- 生命保険と介護サービスの連携による顧客満足度向上
- 高齢化市場に対応する包括的なサービス提供
- 安定収益源としての介護ビジネスの強化
このように、異業種からの参入によっても介護業界のM&Aは加速しています。特に保険、金融、ITなどの業界からの視点では、既に運営ノウハウや施設、スタッフを持つ事業者を買収することで、市場参入やスケールメリットを早期に獲得することが可能になります。
また、同じ介護業界内でも、買収側が「エリアの拡張」「新サービスの追加」「既存施設との連携強化」を目的にM&Aを行う事例も増えています。
以下は、M&Aで買収側が狙う典型的なメリットです。
買収側の目的 | 具体的な内容 |
---|---|
地理的拠点の拡大 | 他地域へ短期間で進出 |
既存事業とのシナジー | 訪問介護と施設介護の一体運営 |
人材・ノウハウの獲得 | 即戦力スタッフと地域知識を確保 |
新規分野への参入 | 看取りケア、認知症専門サービスなど |
大手によるM&Aは、「資本力」「ブランド」「システム導入」などを活かして、譲渡された事業の安定成長を支援する力を持っています。その一方で、買収先の理念との相性が合わなければ、従業員や利用者の不安を招くこともあるため、戦略だけでなく「現場との相性」も重視される傾向にあります。
このように、成功するM&Aには単に金額だけでなく、事業の価値・人材の継続・理念の一致といった複合的な要素が欠かせません。中小でも大手でも、それぞれの立場で「何を守り、何を伸ばしたいのか」を明確にすることが成功のカギとなるのです。
4. 譲渡を考える経営者が最初にやるべきこと
4.1 事業価値を知るための準備とは?
介護事業を譲渡しようと考え始めた経営者が、まず最初に取り組むべきことは「自社の事業価値を正しく把握する準備」です。価格がいくらになるのかを知るためには、売上や利益だけでなく、資産、人材、地域での評判など、多面的に自社を見つめ直す必要があります。
事業価値の算定には、以下のような視点が必要です。
- 収益性(営業利益やEBITDA)
- 財務内容(借入金、純資産、キャッシュフロー)
- 施設の資産価値(不動産の有無や設備状況)
- 人材構成(資格者の割合や離職率)
- 地域での信頼・行政との関係性
これらを把握するためには、まず経営数値の整理が不可欠です。直近3期分の決算書、試算表、給与明細、借入契約書、不動産登記簿などの資料が揃っていれば、第三者による評価がしやすくなります。
厚生労働省の「介護事業経営実態調査(令和5年)」によると、多くの小規模介護事業者が財務管理に不慣れで、必要な資料を揃えられずに譲渡交渉で不利になるケースが報告されています。そのため、できる限り早い段階で社内の会計体制を整えておくことが重要です。
また、以下のような社内整備も価値算定の土台になります。
準備項目 | 目的 |
---|---|
介護保険指定の有効期間や更新履歴の整理 | 行政手続きの引き継ぎ確認 |
スタッフの配置基準とシフト管理表の整備 | 人員体制と業務分担の明確化 |
各種契約書(賃貸・取引・委託など)の一覧化 | リスクの見える化と交渉準備 |
運営基準やマニュアル類の整備 | 運営ノウハウの引き継ぎ資料化 |
たとえば、都内でデイサービスを運営していたC社は、M&Aを検討する前に社内の業務マニュアルを見直し、毎月の収支報告書をExcelで自動化しました。これにより、買い手候補から「数字に透明性があり、現場の運営も効率的」と評価され、同業他社よりも高値での成約に成功しました。
このように、事業価値の正確な把握と、それを裏付ける資料整備は、譲渡交渉を有利に進めるための基盤となります。譲渡のタイミングを決める前に、まず「価値の見える化」から始めることが肝要です。
4.2 内部資料と人材の棚卸しチェックリスト
介護事業の譲渡を成功させるには、「内部資料」と「人材情報」の整理が欠かせません。なぜなら、これらの情報が正確であるほど、買い手からの信頼を得やすく、M&Aのスムーズな進行につながるからです。
まず、準備しておくべき代表的な内部資料は以下のとおりです。
- 過去3期分の決算書(勘定科目内訳含む)
- 試算表(月次の損益推移)
- 資金繰り表と借入明細書
- 固定資産台帳・減価償却資産一覧
- 賃貸借契約書・設備リース契約書
- 介護保険関連の指定通知・実績報告
また、意外と忘れがちなのが「人材情報」の整理です。人材は介護事業にとって最大の資産であり、買い手にとっても非常に重要な評価項目です。
以下のような内容を棚卸しし、一覧化しておくとよいでしょう。
項目 | 記載内容 |
---|---|
従業員リスト | 氏名、年齢、雇用形態、勤続年数 |
保有資格一覧 | 介護福祉士、初任者研修、実務者研修など |
離職率 | 直近1年・3年単位で計算 |
給与体系 | 基本給、手当、賞与、昇給制度など |
社内研修制度 | 実施内容・頻度・受講状況 |
たとえば、地方で施設介護を運営していたD社は、上記の人材棚卸しリストを独自に作成しており、買い手から「チームの質が高く、即戦力として評価できる」として好条件での譲渡が成立しました。特に「資格者率が70%以上」「離職ゼロ3年継続」といったデータが、買い手の安心材料となったのです。
一方で、スタッフの離職が多く、情報が整理されていない場合は、「事業としての継続性」に不安を抱かれやすく、価格交渉で不利になってしまうケースもあります。
このように、譲渡を検討する経営者にとって、「内部資料」と「人材情報」の棚卸しは、単なる書類作成ではなく、自社の魅力と価値を客観的に伝えるための戦略的アクションです。早めに取り組むことで、買い手との信頼関係構築や価格の最大化にもつながります。
5. M&Aで起こりがちな失敗とその回避法
5.1 情報漏えい・交渉決裂のリスク
M&Aにおいて最も注意すべき失敗のひとつが「情報漏えい」です。交渉の途中段階で自社が売却を検討しているという情報が外部に漏れると、従業員の不安を招き、取引先からの信用が下がり、最悪の場合は交渉が白紙になる可能性もあります。
特に介護業界では、地域密着型の事業が多く、「安心感」や「信頼性」が事業の根幹を支えています。地域の利用者やその家族に不安を与えるような情報の漏えいは、サービス継続への悪影響に直結します。
厚生労働省の「介護サービス情報公表制度」でも、事業者には利用者への十分な説明責任や信頼確保が求められており、M&A中もその信頼を損なわない配慮が必要です。
このようなリスクを回避するには、以下のような対策が有効です。
- 買い手候補との交渉前に必ず秘密保持契約(NDA)を締結する
- 社内では経営層・幹部など限られたメンバーのみで対応する
- 情報管理ルールを事前に明確化しておく
たとえば、関西のある介護施設を運営する企業では、M&A交渉中にスタッフの一部が噂で売却を知ってしまい、「自分たちの雇用はどうなるのか」という不安が広がりました。その結果、2名の有資格者が離職してしまい、事業譲渡後にサービス継続が困難になったという事例があります。
このようなトラブルを防ぐには、社内説明のタイミングも慎重に見極めることが大切です。交渉が進展し、基本合意に至る段階で段階的に情報を共有することで、従業員の信頼を維持しながら円滑なM&Aを実現できます。
5.2 売り時を逃すケースとは?
もう一つの代表的な失敗が「売り時を逃すこと」です。M&Aのタイミングを誤ると、本来得られたはずの高評価や好条件を逃してしまうことになります。特に、経営状況が悪化してからの譲渡は買い手の評価が下がり、価格交渉でも不利になる傾向があります。
売却を考え始めたら、以下のような「売り時の見極めポイント」を押さえることが重要です。
- 業績が安定している時期(黒字決算が続いている)
- 人材が定着しており、運営体制が安定している
- 自社だけでは今後の成長が見込めないと感じたとき
- 代表者の高齢化や健康不安が現実になってきたとき
中小企業庁の「事業承継ガイドライン」では、「黒字のうちに譲渡を検討すること」が成功する事業承継の鍵とされています。買い手は「これからも利益を出せる会社」を買いたいと考えるため、業績が悪化する前の決断が結果的に良い条件につながります。
実際、ある介護施設を経営していたオーナーは、「まだもう少し利益が出そう」と様子を見ていたところ、介護報酬の改定で収益が減少。その後、買い手探しを再開したときには評価額が当初の半分以下になってしまいました。
一方、別のケースでは、業績が安定しているうちに早めにM&Aの専門家へ相談し、半年後に理想的な買い手とマッチングが成立。経営権を引き継いだ後もオーナーは顧問として関わり続け、スタッフも全員雇用継続されました。
売却の判断は経営者にとって難しいものですが、「事業を誰かに引き継ぐ準備ができた」と感じたら、早めにアクションを起こすことが望ましいです。
つまり、M&Aの失敗には「情報の取り扱いの甘さ」と「タイミングを逃す慎重すぎる姿勢」の2つの落とし穴があります。信頼できる専門家とともに、計画的に準備を進めることで、後悔しない譲渡を実現することができます。
6. 譲渡先を選ぶ際に大切な3つの視点
6.1 理念・価値観の一致をどう見極める?
介護事業のM&Aにおいて、価格や条件以上に大切なことがあります。それは「譲渡先の理念や価値観が自社と一致しているかどうか」です。介護業界は、利用者の命や生活に直接関わる仕事であるため、経営者やスタッフの「想い」が事業の質を左右します。
理念や価値観が合わない買い手に譲渡してしまうと、従業員や利用者との間に摩擦が生じ、離職や利用者離れといった深刻な問題に発展する可能性があります。これは、単なる経営上の「売却」ではなく、「志の承継」であるという認識を持つことが重要です。
理念や価値観の一致を見極める方法として、以下のようなチェックポイントがあります。
- 経営者同士で直接会って対話する機会を持つ
- 譲受企業が運営する他の施設を見学する
- 事業方針や利用者への姿勢について具体的な説明を求める
- 従業員や地域との関係性をどのように考えているかを確認する
たとえば、長野県で10年以上地域密着の介護サービスを提供してきたE社は、「営利目的だけでなく、地域貢献を大切にする相手でなければ譲渡したくない」と考えていました。複数社からの打診がある中、最終的に選んだのは、地元密着で福祉事業を展開していたNPO法人でした。面談を重ねる中で、利用者や職員への考え方が一致していたことが決め手となり、M&Aは円満に成立しました。
このように、買い手の規模や知名度だけでなく、「人としての信頼」や「経営姿勢」に着目することで、M&A後もトラブルなく事業が引き継がれます。とくに小規模事業者ほど、オーナーの想いや文化が色濃く反映されているため、相手の“人柄”を大切にすることが成功のカギを握ります。
6.2 従業員の処遇と雇用継続の確認ポイント
M&Aにおいて最も多い不安のひとつが、「従業員の雇用が守られるかどうか」です。とくに介護事業では、職員が業務の中心を担っており、そのスキルや信頼関係が事業の価値そのものと言っても過言ではありません。
したがって、譲渡先を選ぶ際には、従業員の処遇や雇用継続について明確な方針を持っているかを必ず確認する必要があります。以下のような項目をチェックしましょう。
確認項目 | チェックポイント |
---|---|
雇用継続の方針 | 原則全員雇用継続か、一部再評価ありか |
給与・待遇の変更有無 | 賃金テーブルが変わるか、昇給制度の有無 |
就業規則・労働条件の変更 | 勤務時間や休日、福利厚生の変更予定 |
管理職やベテラン職員の処遇 | 引き続き重要ポストで活躍できるか |
従業員との面談の実施タイミング | いつ、どのように情報共有するか |
厚生労働省の「介護人材の確保・定着施策」でも、M&Aに伴う従業員の不安を最小限に抑えることが、人材の定着とサービスの質の維持に欠かせないとされています。
たとえば、福岡県内のF社では、事業譲渡にあたって、譲受企業から「給与水準は維持し、勤務体制も従来通り」との確約を文書で得たうえで契約を締結しました。さらに、譲渡契約後には従業員との説明会を実施し、現場の声を尊重しながらスムーズな統合を図った結果、離職者はゼロ。利用者からのクレームも一切なく、統合後も安定した運営を続けています。
一方、別の事例では、買い手企業が統合直後に勤務体制を大幅に変更したため、スタッフの離職が相次ぎ、地域内での評判が悪化してしまいました。どれだけ事業価値が高くても、現場の人がいなくなればサービスは維持できません。
このように、譲渡先の選定においては、「従業員の未来」を守る視点を忘れてはなりません。人材を大切にしてくれる相手を見極めることで、オーナーも従業員も、そして利用者も、全員が納得できるM&Aが実現します。
7. M&Aで得られる主なメリットと将来の展望
7.1 経営の安定化と人材確保
介護事業者がM&Aを通じて得られる最大のメリットの一つは「経営の安定化」と「人材確保」です。近年、介護業界では小規模経営者の高齢化や人手不足、収益性の低下が深刻な課題となっており、単独での事業継続に不安を感じるケースが増えています。
厚生労働省の「介護人材確保対策に関する調査(令和5年度)」によると、介護事業所の約7割が「人材確保が難しい」と回答しています。特に地方や中山間地域では、若手人材の確保が難しく、経営者が自ら現場に立たなければならないケースも多く見られます。
このような状況において、資本力や人材ネットワークを持つ企業にM&Aを通じて事業を譲渡・統合することで、次のような効果が期待できます。
- グループ内での人材派遣や教育支援による人手不足の緩和
- 財務基盤の強化による資金繰りの改善
- 経営管理の仕組み(労務・会計)の効率化
- 新規利用者獲得のための営業力強化
たとえば、栃木県内で訪問介護を行っていたG社は、代表者の高齢化に伴い事業の継続に不安を抱えていました。そこで、近隣に複数拠点を持つ大手介護法人に譲渡。その結果、法人内の他拠点からスタッフが応援に入り、稼働率は半年で30%アップ。さらに法人全体の研修制度により、従業員のスキル向上とモチベーション向上も実現しました。
このように、単独では難しかった課題を、M&Aによって乗り越えることができる点は、今後の介護事業者にとって大きな魅力と言えるでしょう。
7.2 医療やITとの連携による業界進化
もうひとつ注目すべきM&Aのメリットは、「医療やITとの連携」によるサービスの質の向上と業務の効率化です。介護業界は長らく「人手に依存する労働集約型産業」とされてきましたが、今後はテクノロジーの力を活用した変革が求められています。
経済産業省の「介護分野におけるデジタル活用事例集(2024年版)」では、AI・IoT・クラウドを活用した業務効率化や、医療機関との情報連携による利用者支援の強化など、介護現場におけるICT導入の必要性が繰り返し強調されています。
こうした中、以下のような異業種とのM&Aが増加傾向にあります。
譲受企業の業種 | M&Aの目的・効果 |
---|---|
医療法人 | 在宅医療と介護の連携強化(訪問診療×訪問介護) |
IT企業 | 介護記録や勤怠管理のクラウド化、業務効率向上 |
建設・不動産 | 高齢者住宅・施設の開発とのシナジー |
保険・金融 | 介護付き保険商品や資産活用ニーズへの対応 |
たとえば、東京都内で小規模多機能施設を運営していたH社は、業務が煩雑でスタッフの残業が常態化していました。M&Aによりクラウド型介護記録システムを提供するIT企業に譲渡されたことで、記録業務が簡素化され、月30時間あった残業がほぼゼロに。浮いた時間を利用者対応や研修に充てられるようになり、職員の満足度とサービス品質が向上しました。
また、医療法人との統合によって、利用者の「看取り」や「緊急対応」などの医療ニーズにも迅速に対応できる体制が整ったという例もあります。
このように、M&Aは単なる「事業の引き継ぎ」ではなく、新たな力を取り入れ、時代に対応した介護経営を実現するための「進化の手段」として活用できるのです。
今後の介護業界は、人口減少・高齢化・人手不足・報酬改定といった複数の課題に直面する一方、技術革新と連携の可能性にも満ちています。M&Aを通じて、外部リソースを柔軟に取り入れながら、自社らしい介護サービスを磨き続ける姿勢が、これからの時代において重要となっていくでしょう。
8. 信頼できるM&Aアドバイザーを選ぶコツ
8.1 着手金や成功報酬の注意点
M&Aを進める際、多くの経営者が最初に直面するのが「アドバイザーにいくら払うのか」という費用面の問題です。とくに中小の介護事業者にとって、着手金や成功報酬の仕組みを正しく理解せずに契約してしまうと、「成果が出なかったのに高額な請求がきた」というトラブルに発展するリスクもあります。
まずM&Aアドバイザーの報酬体系は、以下の3つに大きく分かれます。
- 着手金:契約締結時に支払う固定報酬(相場は50万~300万円)
- 中間報酬:基本合意の締結時などに発生する報酬
- 成功報酬:M&A成約時に支払う成果報酬(レーマン方式が一般的)
中でも注意すべきは「着手金」です。契約と同時に支払うものですが、成果にかかわらず返金されないため、M&Aが成立しなかった場合には「お金だけ取られた」と感じてしまうケースもあります。
さらに成功報酬は、譲渡金額の一定割合(通常は5%前後)で設定されることが多く、以下のようなレーマン方式で段階的に計算されるのが一般的です。
譲渡金額の範囲 | 報酬率の例 |
---|---|
5億円以下の部分 | 5% |
5億円超~10億円以下の部分 | 4% |
10億円超~50億円以下の部分 | 3% |
一見、合理的な仕組みに見えますが、実際には「役員借入金の返済額」や「退職金」も譲渡価格に含まれて報酬計算される場合があり、思った以上に高額になることもあります。契約前に「どの範囲が報酬の対象になるか」を確認し、明確な報酬計算書式を提示してもらいましょう。
たとえば、東京都で介護施設を2拠点運営していたI社では、契約時に「着手金50万円」「成功報酬は最低1,000万円」とだけ伝えられていました。成約後に退職金も含めた譲渡総額が想定より膨らんだことで、報酬が1,500万円以上となり、事前の説明と大きく違うとトラブルになったケースがあります。
このような事態を防ぐためには、以下のような点を契約時にチェックすることが重要です。
- 着手金の有無と金額
- 成功報酬の計算基準(対象となる金額の範囲)
- 最低報酬の設定有無と金額
- 中間報酬が発生する条件
- 不成立時の返金や契約解除条項の有無
適正な報酬体系のもと、信頼できるアドバイザーを選ぶことが、納得できるM&Aの第一歩です。
8.2 支援体制・契約内容の見極め方
M&Aを成功させるには、「誰に依頼するか」が最も重要な要素のひとつです。とくに介護業界では、事業運営や制度の特殊性を理解したうえで、譲渡先とのマッチング・交渉・契約書作成・クロージングまで一貫して支援してくれるアドバイザーが求められます。
支援体制や契約内容を見極める際には、以下のようなポイントを意識しましょう。
- 介護業界での支援実績が豊富か(累計案件数や成約率)
- 譲渡側の立場で誠実に動いてくれるか(利益相反がないか)
- 初期相談〜クロージングまで一貫して支援してくれる体制か
- IM(企業概要書)や買手リストの作成レベルが高いか
- 提携する弁護士・税理士などの専門家ネットワークがあるか
たとえば、千葉県で通所介護事業を展開していたJ社では、業界経験が浅いアドバイザーに依頼したことで、制度理解や書類作成でのミスが多発。最終的に買い手との信頼関係にも影響し、予定していた譲渡時期を半年以上も超過してしまったという事例があります。
一方で、介護業界に精通したアドバイザーに依頼した別のK社では、IMに理念や現場スタッフの魅力を丁寧に反映させた結果、同じ地域に展開する大手法人とのマッチングに成功。従業員全員の雇用が継続され、代表者も一定期間経営に関与できるなど、理想的な譲渡が実現しました。
また、契約時には「専任契約か非専任か」や「テール条項(契約終了後の報酬請求権)」の有無も確認しておく必要があります。契約終了後に別ルートで成約した場合でも、報酬を請求されるケースがあるためです。
以下は、契約前に確認すべきチェックリストの一例です。
確認項目 | 要点 |
---|---|
業界経験 | 介護業界の支援実績があるか |
対応範囲 | IM作成、買手選定、交渉、契約書支援まで対応か |
契約形態 | 専任契約/非専任契約のどちらか |
報酬の根拠 | 具体的な算出方法が明記されているか |
テール条項 | 契約終了後の請求があるかどうか |
このように、M&Aは専門性が高く、契約条件次第で大きな差が出る取引です。事前に「何を依頼し、どこまでサポートしてもらえるのか」を明確にしたうえで、自社の未来を託せるアドバイザーを選びましょう。
まとめ
介護業界のM&Aは、経営課題を乗り越えるための有効な手段です。しかし、成功には専門的な準備と的確な判断が求められます。本記事ではその全体像をわかりやすく解説してきました。
- 介護業界でM&Aが拡大中
- 事業価値の把握が出発点
- 譲渡先との相性が重要
- 失敗事例から学ぶこと
- 専門家選びで結果が変わる
M&Aを前向きに進めたい方、まずは信頼できる相談先を見つけることが第一歩です。詳しく知りたい方は、ぜひアーク・パートナーズまでお問い合わせください。
