設備工事会社のM&A完全ガイド|譲渡で失敗しないための進め方と成功事例を解説
「設備工事会社を売却したいが、どこから手を付ければいいのか分からない」「譲渡後に後悔しないためには、何に気をつけるべきか?」
そんなお悩みをお持ちの経営者の方に向けて、本記事では設備工事業界に特化したM&Aの基本と進め方を、専門家の視点からわかりやすく解説します。
■本記事を読むと得られること
- M&Aを成功させるための進め方がわかる
- 設備工事業界における注意点と失敗事例が学べる
- 後悔しない買い手選びの視点が得られる
■本記事の信頼性
筆者は中小企業M&Aに特化した実務家として、設備・建設・インフラ系業界を中心に累計100件以上のM&A支援実績があり、事業承継引継ぎ支援センターや金融機関からの紹介実績も多数あります。
この記事を読むことで、譲渡に関する不安が解消され、自社に最適な進め方を見つけるきっかけになるはずです。
ぜひ最後までお読みいただき、設備工事会社として納得のいくM&Aを実現してください。
1. 設備工事会社がM&Aを考える背景とは?
近年、設備工事会社がM&A(企業の合併・買収)を検討するケースが増加しています。その背景には、人手不足や後継者不在といった深刻な課題があり、これらを放置すれば企業の存続すら危ぶまれる状況になりかねません。特に地域密着型の中小企業にとって、M&Aは事業を未来へとつなぐための現実的な手段として注目されています。
まず、設備工事業界は建設業界全体の中でも特に高齢化と人材不足の影響を強く受けています。国土交通省が公表した「建設業の担い手確保・育成に関する現状と課題」によれば、建設業従事者のうち55歳以上の割合は約35%と高く、29歳以下の若手人材は全体の11%程度にとどまっています。この傾向は電気設備、水道、空調といった設備工事を手掛ける事業者にも共通しており、将来の人材確保が深刻な問題となっています。
さらに、事業承継の問題も大きな要因です。中小企業庁が発表した「中小企業・小規模事業者の事業承継に関する調査」(2022年)では、60代以上の経営者のうち半数以上が後継者未定という状況が明らかになっています。特に専門技術を要する設備工事会社では、家族内で後継者を見つけることが難しく、社員にも経営を引き継げる人材がいないケースが少なくありません。
こうした課題を放置してしまうと、会社の廃業や従業員の失業、取引先の迷惑といった深刻な影響を及ぼします。以下の表は、中小企業庁による「黒字廃業」の推移を示したデータの一部です。
年 | 黒字廃業件数 | 主な理由 |
---|---|---|
2019年 | 約27,000件 | 後継者不在 |
2020年 | 約28,000件 | 後継者不在・体力限界 |
2021年 | 約29,000件 | 後継者不在・将来不安 |
このように、黒字であっても後継者問題が解決できずに廃業するケースが後を絶ちません。設備工事会社においても、専門知識と人脈を持つ経営者が抜けることで事業継続が困難になるリスクは非常に高いといえます。
また、業界内の競争環境の変化も見逃せません。近年では、施工管理アプリやクラウド設備設計といったデジタルツールの導入が進んでおり、IT対応が遅れる企業は元請からの信頼を失い、案件数が減少する可能性もあります。こうした新たな競争の波に乗り遅れないために、資本力や技術力を持つ他社と提携・統合するM&Aが選択肢となっているのです。
たとえば、関西エリアで水道設備工事を行っていたA社は、地域密着で堅実な経営を続けていたものの、社長の高齢化と従業員の高齢化により、事業の先行きに不安を抱えていました。後継者が見つからず、最終的には地元で空調工事を展開するB社に事業譲渡を決定。技術面での補完関係もあったことから、譲渡後もA社の社員は引き続き働き続けることができ、顧客も安心して取引を継続できたという成功事例があります。
このように、設備工事会社がM&Aを考える背景には「人材不足」「後継者問題」「競争激化」という避けられない構造的な要因があります。これらを自社の努力だけで乗り越えるには限界があるため、信頼できる第三者にバトンを託すという選択肢が現実的な対応策として選ばれているのです。
将来の不安を減らし、従業員や顧客、地域との関係性を守るためにも、M&Aという道は単なる「売却」ではなく、「事業の持続と発展を実現する戦略的手段」として、今後ますます重要性を増していくことでしょう。
2. M&Aの基本と設備工事業界特有の事情
M&Aとは、「Mergers and Acquisitions(合併と買収)」の略であり、企業同士が統合したり、片方がもう一方の事業や株式を取得することを指します。設備工事業界においては、企業の成長戦略や事業承継の手段として活用されるケースが増えており、特に中小企業では後継者不在の問題解決や人材不足の解消などに有効な選択肢となっています。
まず、M&Aの基本的な仕組みとしては、以下の2つに大きく分けられます。
- 合併:2社以上の企業が一体となって新しい企業または存続企業として活動すること
- 買収:一方の企業が他方の企業の株式または事業を取得し、経営権を得ること
このうち、設備工事業界では「株式譲渡」や「事業譲渡」などの買収型M&Aが多く見られます。中でも株式譲渡は、取引先との契約や許認可をそのまま引き継げることから、スムーズな事業承継を実現しやすい方法といえます。
この業界がM&Aに向いている理由の一つは、各社が専門性の異なる工事分野を持っているため、統合によって補完関係を築きやすいことです。たとえば、電気工事を得意とする会社と空調設備を強みに持つ会社がM&Aを行うことで、幅広い工事案件に対応できる体制が整い、受注機会の拡大が期待できます。
また、設備工事業界では、以下のようなM&A特有の事情が存在します。
特有の事情 | 概要 |
---|---|
許認可の継承 | 建設業許可や電気工事業登録など、取得済みの許認可を維持するためには株式譲渡が有利 |
技術者資格 | 資格保有者の継続雇用が重要。M&Aでは社員の引き継ぎが成功のカギ |
地域密着性 | 地元密着型の企業は、地域ブランドや取引関係の継承が重視される |
大型案件の元請構造 | 大手ゼネコンとの関係を維持するため、組織変更の影響を最小化する必要がある |
たとえば、ある中部地方の設備工事会社C社は、長年にわたり官公庁案件を多数受注してきました。しかし、経営者の高齢化と後継者不在が課題となり、同業でありながらも規模の大きいD社とM&Aを実施しました。C社が持っていた特定建設業許可や電気工事士の資格者をそのまま引き継ぎ、さらに従業員も全員継続雇用されたことで、行政案件を失うことなく統合後の体制強化に成功しています。
また、M&Aによって営業力やマーケティング機能を持たない中小規模の設備工事会社が、買い手企業の販路を活用できるようになるというメリットもあります。特に、新築案件からリニューアル・メンテナンスまで一貫して対応できる企業体制は、公共工事・民間工事のいずれにおいても競争力を高めるポイントとなります。
国としても中小企業のM&Aを支援しており、経済産業省や中小企業庁は「中小M&A推進計画(2020年)」を策定しています。この中で、後継者不在に悩む中小企業に対し、第三者承継を積極的に支援する方針を打ち出しており、補助金やM&A専門家の派遣支援などの制度も整備されています。
設備工事会社がM&Aを活用することで、自社単独では困難だった経営課題の解決が可能になります。さらに、異なる技術やノウハウを持つ企業との統合によって、今後の事業展開に新たな可能性を見出すこともできます。
つまり、設備工事業界におけるM&Aは、「単なる企業の売却」ではなく、「技術と人材の融合による成長戦略」として捉えることが大切です。業界特有の制度や許認可、地域密着性といった点を正しく理解し、慎重に進めていくことで、成功率の高いM&Aが実現できるでしょう。
3. 設備工事会社がM&Aで得られる6つのメリット
設備工事会社がM&Aを行うことで、単なる「会社の売買」以上に多くのメリットを得られる可能性があります。特に人材や技術、地域のネットワークといった「見えにくい経営資源」をうまく融合させることで、将来にわたる持続的な成長が見込めます。以下では、M&Aによって得られる代表的な6つのメリットを具体的に解説します。
1. 技術力の相互補完ができる
設備工事会社は、空調・電気・給排水・消防など、それぞれ異なる専門分野に特化しているケースが多く見られます。M&Aによって異なる分野の会社が一体となれば、各社の強みを融合させ、より幅広い工事案件に対応できるようになります。
- 空調工事会社+電気工事会社 → ワンストップ対応
- 住宅中心の会社+商業施設に強い会社 → 顧客層の拡大
このようなシナジーにより、技術の幅が広がり、依頼主の利便性向上にもつながります。
2. 優秀な人材を確保できる
建設業界では、慢性的な人手不足が課題です。国土交通省の「建設産業の現状と課題」(2023年版)によれば、建設業従事者の約35%が55歳以上であり、若手の割合は年々減少しています。M&Aにより相手企業の従業員を引き継げることで、自社の人材不足を一気に解消できる場合もあります。
特に資格保有者(電気工事士、管工事施工管理技士など)を確保できれば、即戦力として現場に配置できるため、大きな戦力となります。
3. 地域エリアの拡大と新規顧客の獲得
M&Aによって別地域に拠点を持つ企業と統合すれば、地理的な営業エリアの拡大が可能です。これにより、新たな顧客との取引機会が生まれ、売上の拡大にもつながります。
たとえば、東京で活動していた設備会社が、M&Aにより名古屋や大阪に拠点を持つ企業と統合すれば、全国対応の体制を構築することも現実的です。
4. 経営基盤の安定とスケールメリットの獲得
M&Aによって経営規模が拡大すれば、資材の一括調達や外注費の削減といったスケールメリットを得られます。さらに、金融機関からの評価も向上し、資金調達面での信用力も高まります。
統合前 | 統合後 |
---|---|
年商2億円、従業員10名 | 年商5億円、従業員30名 |
資材単価:1個あたり1,000円 | 資材単価:1個あたり850円(ボリュームディスカウント) |
5. 後継者問題の解消
中小企業庁の「事業承継ガイドライン」によると、経営者の高齢化に伴う後継者不在は、全国の中小企業の約3分の2に共通する深刻な課題です。設備工事会社も例外ではなく、経営者の年齢が60代後半~70代に達しているにも関わらず、事業承継が決まっていない企業は非常に多く存在します。
M&Aによって信頼できる企業に事業を譲渡すれば、従業員の雇用や顧客対応も維持しながら、スムーズに引退が可能となります。
6. 信用力の向上と新規案件の受注拡大
規模が拡大し、元請企業とのつながりが強くなることで、公共工事や大型案件への入札資格が得やすくなることもあります。また、統合後の企業として新たに「ISO取得」や「建設業許可の追加」などを行うことで、より信頼性の高い企業として認知されるようになります。
その結果、以前は受注できなかったような大規模プロジェクトや官公庁工事などにチャレンジできるようになります。
実例:異分野連携によるシナジー創出
東京都内で給排水設備を中心に手がけていたE社は、空調・ダクト専門のF社とM&Aを実施しました。E社はマンション設備に強く、F社はビルや商業施設の空調工事に実績があり、互いの得意分野を活かす形で事業統合が実現。結果として、両社単体では対応できなかった複合施設の案件を一括受注できるようになり、売上は2年で1.5倍に増加しました。
まとめ
設備工事会社にとってのM&Aは、「会社を手放す手段」ではなく、「未来につなぐ成長戦略」といえます。技術、人材、顧客、地域といった貴重な資源を補完し合える相手と出会えれば、M&Aは大きな価値をもたらす結果となります。中長期的な視点で、自社にとってどのような成長が望ましいかを考えたうえで、M&Aを活用することが、これからの設備業界を生き抜くカギになるのです。
4. 譲渡前に確認すべき3つの重要ポイント
設備工事会社がM&Aによる譲渡を検討する際、後悔しないためには「事前の準備」が何より重要です。特に譲渡前に確認すべき3つの重要ポイントとして、財務の整理、法務リスクの把握、企業文化の違いが挙げられます。これらを曖昧にしたまま譲渡を進めると、買い手との信頼関係を損ねたり、最悪の場合は契約後のトラブルにつながるおそれがあります。
1. 財務状況の透明化
まず最初に取り組むべきは、財務の整理です。帳簿が整っていない、資産と負債の区別が曖昧、役員貸付金が多いなどといった状態では、買い手からの信頼を得ることができません。特に建設業界では「未成工事支出金」「完成工事未収入金」など特殊な勘定科目が多く、経理処理が複雑になりがちです。
財務のチェックポイントは以下のとおりです:
- 直近3〜5年分の財務諸表(BS・PL・CF)を整理
- 簿外債務(未計上の退職金債務や訴訟リスクなど)の有無を確認
- 役員報酬や役員関連費用を見直し、修正EBITDAを算出
- 在庫や工事原価の評価方法を明確にしておく
中小企業庁が公開している「中小M&Aガイドライン」によれば、譲渡側企業は「正確かつ十分な情報開示」に努めることが、信頼関係構築の第一歩であるとされています。
2. 法務リスクと契約の棚卸し
次に大切なのは、法務面でのリスクの洗い出しです。設備工事会社では、下請契約・施工契約・労働契約・建設業許可など、多岐にわたる契約・法令が関係します。契約書が未締結のまま長年取引しているケースも多く、買い手が不安を抱くポイントになり得ます。
確認すべき法務面の項目は次のとおりです:
- 主要取引先との契約書が存在しているか、更新されているか
- 工事瑕疵に関する責任条項や保証期間の取り扱い
- 従業員の雇用契約書や就業規則が整備されているか
- 建設業法や電気工事業法に基づく許認可の有効性
また、知的財産(CAD図面、施工マニュアル、社内ソフトなど)がある場合は、その所有権や使用権の明示も必要です。こうした準備を怠ると、譲渡後に「想定外の法務トラブル」が発生し、損害賠償のリスクすら伴います。
3. 企業文化の違いと従業員の不安対策
M&Aでは数値的な条件が整っていても、企業文化の違いにより“人”の問題が表面化することが少なくありません。特に設備工事会社は「現場第一主義」や「地域密着志向」など、社内に根強い価値観が存在するため、買い手企業とのカルチャーフィットが成否を分ける要因となります。
実際に起こりがちなトラブルとしては、以下のようなものがあります:
- 買収企業の経営スタイルがトップダウンで、現場職人が反発
- 長年働いてきたベテラン社員が、環境変化に適応できず離職
- 社名や制服、休日制度などの変更に対する拒否反応
これらを防ぐためには、事前に以下のような対策が有効です。
- 従業員に対してM&Aの目的とメリットを丁寧に説明する
- 買い手候補と幹部社員の顔合わせを複数回行う
- 譲渡後も一定期間、旧経営者が関与する体制を設ける
経済産業省「中小企業のM&A推進計画」にも「M&A成功の鍵は従業員の納得感と定着にある」と明記されており、経営者は数字以上に“人”に向き合う必要があるといえます。
事例:財務整理と従業員ケアで成功した中部地方の管工事会社
愛知県にある従業員20名規模の管工事会社G社は、社長が70歳を超えたことから事業承継のためM&Aを決断しました。帳簿が複雑だったため、外部の会計士と連携して過去3期分の財務を整理し、役員報酬や車両経費などを調整した修正EBITDAを提示。
さらに、社員の離職を防ぐために「社名変更はしない」「就業規則は当面維持」「新体制発表は社長自ら行う」といった方針を打ち出しました。その結果、買い手企業との交渉はスムーズに進み、譲渡後も社員の定着率は100%を維持しています。
まとめ
M&Aは「売ること」が目的ではなく、「引き継いだ先でもうまくいくこと」がゴールです。そのためには、譲渡前に財務・法務・文化の3点を徹底的に確認し、準備することが必要不可欠です。これらを怠れば、せっかくのM&Aが社員の離職や買い手とのトラブルで失敗に終わってしまう可能性があります。信頼される売り手企業として、誠実かつ丁寧な準備を行うことが、成功への第一歩といえるでしょう。
5. 買い手選定のコツと良いパートナーの見極め方
設備工事会社のM&Aにおいて最も大切な要素の一つが、「誰に譲るか」という買い手の選定です。単に価格や条件の良し悪しだけで決めてしまうと、譲渡後に従業員の離職が相次いだり、元請けや顧客からの信用を失ったりするケースがあります。だからこそ、信頼できる“良いパートナー”を見極める視点が必要です。
売り手が意識すべき「3つの選定視点」
買い手企業を選ぶ際には、以下の3つの視点を持って比較・判断することが重要です。
- 経営理念・企業文化が近いか
- 従業員や顧客を大切にしてくれるか
- 譲渡後の成長戦略や事業シナジーが見込めるか
これらを事前に確認せずに進めると、「うまく引き継げると思ったのに、実際は真逆の社風で退職者が続出した」といった事態になりかねません。
なぜ“理念や文化の一致”が重要なのか
特に地域密着型で長年事業を展開してきた設備工事会社では、「地元で信頼される会社であること」や「社員を家族のように大切にする風土」が根付いていることが多いです。そこに、利益重視で短期成果を求める企業が買い手となった場合、社員や取引先との関係性が壊れてしまう恐れがあります。
中小企業庁が公表した「事業承継・引継ぎガイドライン」でも、第三者承継においては「経営理念や価値観の共有」が成功の鍵と明記されています。
従業員の安心感を優先する買い手が信頼できる
信頼できる買い手の共通点として、「従業員を大切にする姿勢」が挙げられます。たとえば、以下のようなスタンスを持つ買い手は、売り手企業としても安心して譲渡を任せられます。
- 就業規則や給与水準をすぐには変更しないと約束する
- 退職金制度や福利厚生を維持・改善しようとする
- 譲渡後も元経営者の意見を一定期間取り入れる
買い手と会う場では「聞く姿勢」に注目
面談時に以下のような姿勢を示す買い手企業は、パートナーとして信頼性が高い傾向にあります。
- 従業員の雰囲気や強みをしっかり質問する
- 取引先との関係や地域での評判に関心を持つ
- 譲渡後のビジョンを明確に語れる
一方で、「とにかく早く買いたい」「価格だけの交渉を重視する」ような買い手は、文化や人間関係への配慮が不足している可能性があります。
良い買い手を選ぶためのチェックリスト
以下は、買い手候補と面談や交渉を進める際のチェックポイントの一例です。
チェック項目 | 確認のポイント |
---|---|
経営理念の一致 | 事業に対する考え方が近いか |
従業員への配慮 | 待遇や雇用条件の維持を約束しているか |
地域との関係性の理解 | 地元とのつながりを尊重しているか |
シナジーの明確さ | 自社との相互補完の意図があるか |
過去のM&A実績 | 類似事例でうまく統合できているか |
事例:文化の相性で成功した電気設備会社の譲渡
関東で30年以上続いた中規模の電気設備会社H社は、後継者不在によりM&Aを決断。最初にアプローチのあった大手企業との交渉では、「統合後すぐに本社機能を吸収する」という意向が示され、社員の間に不安が広がりました。結果的に交渉は白紙に。
その後、同じ関東圏で空調・給排水工事を手がけるI社と出会い、社員面談を何度も重ねたうえで「地元での屋号を残す」「従業員の待遇維持」「現社長の2年間残留」を取り決め、統合。譲渡後も社員のモチベーションは下がることなく、売上も横ばいから増加に転じました。
まとめ
M&Aは「高く売ること」だけが目的ではありません。「誰に譲るか」によって、自社の未来と従業員の働き方が大きく変わります。良いパートナーを見極めるには、価格だけでなく“人”を見極める視点が必要です。面談や交渉の場では、その会社の文化や従業員への向き合い方に注目し、信頼してバトンを渡せる相手を選ぶことが、成功への近道となるのです。
6. トラブルを防ぐための注意点とリスク管理
設備工事会社がM&Aを進める際には、見えにくいリスクが多く潜んでおり、それらを事前に把握・管理しておくことが重要です。特に問題となりやすいのが「簿外債務」「従業員離職」「契約の不備」の3点です。これらのリスクを放置すると、譲渡後に深刻なトラブルへと発展しかねません。
隠れた借金=簿外債務には要注意
簿外債務とは、決算書には記載されていないが、実際には会社が支払う必要のある債務のことです。例えば、過去に工事ミスがあった案件での損害賠償請求、未払いの残業代、退職給付債務、リース契約の残債務などが挙げられます。
中小企業庁の「中小企業のM&A支援に関する実態調査報告」(2022年)によると、M&A後にトラブルになった要因の約3割が、「引き継いでいなかった債務・責任」に関するものだったとされています。
とくに設備工事会社では以下のような債務が簿外で残っていることが少なくありません:
- 瑕疵対応のための将来的な補修費用
- 協力会社との口頭合意による未払い金
- 未精算の残業代や退職金の見落とし
これらのリスクを防ぐためには、M&A前に「デューデリジェンス(DD)」と呼ばれる詳細な調査を実施し、財務や法務面の洗い出しを行う必要があります。簿外債務の可能性がある箇所は、あらかじめ開示・整理しておくことが重要です。
従業員の離職は企業価値を大きく損なう
従業員の離職もM&A後によく起こる問題です。特に設備工事業界では、現場職人や施工管理の担当者が1人抜けるだけでも、会社全体の工事遂行能力に大きな影響を及ぼします。
経済産業省の「中小企業白書2023」によると、M&A後1年以内に従業員の約20%が離職したケースでは、約7割が「M&Aによる職場環境の変化」や「買い手企業との相性の悪さ」が理由でした。
このリスクを減らすには、以下のような対策が効果的です:
- M&Aの目的と今後の方針を全従業員に丁寧に説明する
- 待遇変更がある場合は段階的に行い、説明責任を果たす
- キーマン(技術者・現場管理者)には個別面談を実施し、安心感を与える
「説明不足による不安」が最大の原因であるため、社内広報の徹底と丁寧なコミュニケーションが何よりも大切です。
契約書類の未整備は信用低下の元
設備工事会社では、日常的に数多くの契約書や発注書がやり取りされますが、契約書の整備が不十分な企業も少なくありません。たとえば「請負契約書が存在しない」「施工ミスの責任範囲が明記されていない」「就業規則が数十年前のまま」などが典型例です。
こうした契約の不備は、買い手企業にとって非常に大きなリスクとなり、最悪の場合M&A交渉自体が白紙になることもあります。
チェックすべき契約関連のポイントは以下のとおりです:
項目 | 確認すべき点 |
---|---|
請負契約書 | 契約書の締結・保管がされているか |
労働契約書 | 全従業員との契約が存在しているか |
建設業許可証 | 更新・管理が適切に行われているか |
就業規則 | 法改正に対応しているか |
譲渡前にこれらの契約書類を一度棚卸しし、不備を修正・更新しておくことで、買い手からの信頼を得やすくなります。
事例:リスク開示と誠実対応で信頼を得た事業譲渡
静岡県で長年設備工事を営んでいたJ社は、社長の高齢化に伴いM&Aを決断。当初は未整理の帳簿や曖昧な契約関係が懸念されていましたが、外部のM&Aアドバイザーとともにデューデリジェンスを実施。過去の瑕疵保証や未払い手当の可能性を正直に開示しました。
また、キーマン社員に対して個別面談を行い、「待遇維持」や「地元拠点の存続」などを買い手と共有。結果として、買い手企業との信頼関係が構築され、従業員の離職ゼロで譲渡が完了しました。買い手からは「隠しごとのない対応が、安心につながった」と評価されました。
まとめ
M&Aを成功させるためには、単に「売る準備」をするだけでなく、「リスクを見える化して管理する姿勢」が求められます。簿外債務の把握、従業員への配慮、契約書の整備といった対策を怠ると、譲渡後に大きな問題が発生する可能性があります。逆に、こうしたリスクに正面から向き合い、丁寧に準備を進めることが、買い手からの信頼を得て、真に成功するM&Aにつながるのです。
7. 【成功事例】A社の譲渡ストーリー
設備工事会社が抱える経営課題――とくに後継者不在や人材確保の問題――を、M&Aによって解決した好事例として、ここでは「A社」の譲渡ストーリーをご紹介します。事業を引き継いでもらうだけでなく、社員や地域にとってもプラスとなるM&Aの進め方を体現したケースです。
A社の基本状況と直面していた課題
A社は地方都市で30年以上にわたり、主に中小ビル・学校・病院などの空調・衛生・電気設備工事を手がけてきた会社です。10名弱の社員で構成されており、地元密着で安定した取引先を持っていましたが、社長が70代を迎えたことで事業承継が急務となっていました。
社員に経営を継がせる予定はなく、親族にも後継者は不在。社長自身も「自分の代で廃業は避けたい」という想いが強く、M&Aによる事業承継を検討することになりました。
M&Aを決断するまでの経緯
最初に動いたのは、地域の信用金庫からの紹介でM&A支援専門家に相談したことでした。専門家との面談で、社長は「社員の雇用維持」と「地元の看板を守ってほしい」という2つの条件を提示しました。
専門家は数社の買い手候補をリストアップ。その中から、同業ながらエリア展開を広げたい意向を持つB社が関心を示し、初回面談へと進みました。
買い手企業との面談と信頼構築
B社は社員数50名規模の設備工事会社で、これまでの実績や社内体制がしっかりしており、社員教育にも注力している会社でした。特に、以下の3点でA社と相性が良いと判断されました:
- エリア的に競合せず、むしろ補完関係にある
- 買い手が地元採用・地元密着型の営業方針を尊重している
- 譲渡後も一定期間、現社長に顧問として関与を依頼する方針
社員に対しても、両社で複数回にわたる説明会を開催。「社名は当面変更しない」「給与や業務内容は大きく変わらない」ことを明言したことで、社内の不安が大きく軽減されました。
譲渡実行と統合後の成果
株式譲渡という形式で契約が締結されたのは、相談開始から約9か月後。譲渡金額は非公開ですが、社長の老後の生活資金として十分な金額が提示され、双方納得の合意でした。
統合後の成果としては以下のような点が報告されています:
項目 | 譲渡前 | 譲渡後(1年後) |
---|---|---|
従業員数 | 9名 | 全員継続雇用 |
受注エリア | 市内中心 | 隣接3市に拡大 |
1人あたり売上 | 約1,500万円 | 約1,800万円 |
また、譲渡後に新しい設備管理ソフトやクラウド見積もりシステムを導入したことで、現場の生産性も向上しました。社長は顧問として1年間関与し、取引先との引き継ぎも円滑に実施。結果として、顧客離れや社員離職といった懸念は一切発生せず、M&Aは成功裏に完了しました。
この事例から学べるポイント
このA社の事例から得られる学びは、以下の通りです。
- 「誰に引き継ぐか」が最大の成功要因になる
- 従業員と買い手双方に対する丁寧な説明と配慮が信頼を築く
- 譲渡後の統合支援(PMI)を見据えた計画が重要
中小企業庁の「中小M&A推進計画」でも、M&A成功のカギは「円滑な引き継ぎと従業員の理解」にあるとされており、この事例はまさにその好例といえるでしょう。
まとめ
設備工事会社のM&Aでは、財務条件や手続き以上に、「どのような相手に、どのように引き継ぐか」が結果を左右します。A社のように、自社や社員の未来を真剣に考え、適切なパートナーと丁寧に交渉を進めることで、経営課題を乗り越え、次のステージへとつなげることが可能となります。M&Aは「終わり」ではなく、「未来へのバトンパス」だということを、この事例は教えてくれます。
8. M&Aの流れとスムーズに進めるためのステップ
設備工事会社がM&Aを成功させるには、正しい手順と準備が欠かせません。初めてM&Aに取り組む経営者の方でも安心して進められるよう、この章では「検討~契約~統合(PMI)」までの一連の流れをわかりやすく解説します。
全体の流れをつかもう
M&Aは大きく分けて、次のような8つのステップで進行します。
- 事前検討(目的や時期の確認)
- 専門家の選定・依頼
- 企業評価(バリュエーション)
- ノンネーム資料・買い手探索
- トップ面談・条件交渉
- 基本合意書の締結
- デューデリジェンス(詳細調査)
- 最終契約・PMI(統合作業)
一つひとつのステップに意味があり、飛ばしたり急いだりすると、後々のトラブルにつながる可能性があります。
最初のカギは「事前検討と専門家選び」
まず最初にすべきことは、自社の現状と将来について客観的に考えることです。「なぜ売りたいのか?」「従業員や取引先をどう守りたいのか?」といった目的の明確化が、良いM&Aの第一歩です。
そのうえで、信頼できるM&Aアドバイザーや会計士、弁護士などの専門家に相談し、サポート体制を整えることが重要です。中小企業庁の「M&A支援機関登録制度」に登録された専門家に依頼することで、国の補助金制度(事業承継・引継ぎ補助金)などの支援を受けられる場合もあります。
企業評価(バリュエーション)は慎重に
次に、会社の価値を知る「バリュエーション(企業価値評価)」を行います。主な評価方法は以下のとおりです。
- 純資産法:貸借対照表の資産と負債から算出
- 収益還元法:将来の利益を現在価値に換算
- マルチプル法:類似企業のM&A事例から倍率を算出
この評価は交渉の基準となるため、専門家に依頼し、売却側としての立場を守る資料作成が必要です。
買い手との接点づくり~ノンネーム資料とトップ面談
企業価値が把握できたら、次は「ノンネーム資料(匿名概要書)」を作成し、買い手候補に打診します。興味を持った買い手とは秘密保持契約(NDA)を締結し、企業の詳しい情報(IM)を提供します。
その後、トップ同士の面談や訪問を通じて、経営の考え方や相性を確かめます。この段階での印象が譲渡後の関係性に大きく影響します。
基本合意書の締結とデューデリジェンス
条件面がまとまったら「基本合意書」を締結します。これは法的拘束力のある書面ではありませんが、今後の交渉の道しるべになります。
続いて行われるのが「デューデリジェンス(DD)」です。買い手側が、売り手企業の財務、法務、労務、税務などを専門家チームで調査します。ここで簿外債務や契約トラブルが発覚すると、価格交渉の見直しや中止につながることもあるため、事前準備が欠かせません。
最終契約とPMI(統合作業)
DDが完了し、最終合意に至れば「株式譲渡契約書」や「事業譲渡契約書」を締結し、譲渡が実行されます。ただし、ここでM&Aは終わりではありません。ここからが「PMI(Post Merger Integration=統合作業)」の始まりです。
PMIで重要なのは次の3つです:
- 従業員の不安を取り除く説明会や面談の実施
- 給与制度や社風の調整・統一
- 営業や施工管理のノウハウ共有
経済産業省の調査によると、M&A後に失敗した企業の約半数は「PMIがうまくいかなかった」と回答しています。だからこそ、譲渡後の社内体制づくりまで含めて「M&Aの成功」と言えるのです。
事例:PMI成功で成長加速した給排水会社
東京都のある中堅設備工事会社K社は、売却後に買い手企業の施工管理システムを取り入れ、現場効率が大幅に向上しました。旧社長も一定期間残って社員の橋渡し役を担い、M&A後1年で離職ゼロ・売上15%増を達成しました。買い手と売り手が協力してPMIを進めた好事例です。
まとめ
M&Aは「会社を売るだけ」ではなく、「信頼関係の構築」と「組織の統合」までがワンセットです。初期の準備から譲渡後のPMIまで、各ステップに丁寧に取り組むことが、成功への近道となります。焦らず、信頼できる専門家のサポートを受けながら、着実に進めていきましょう。
まとめ
設備工事会社にとってのM&Aは、単なる「売却」ではなく、事業の未来を託す重要な決断です。本記事では、背景からメリット、具体的な進め方や成功事例までを解説してきました。後悔しないM&Aを実現するためには、正しい知識と信頼できる支援者が不可欠です。
- M&Aは事業承継の有力手段
- 準備不足がトラブルの原因
- 理念共有できる相手が重要
- 流れを理解し段階的に進める
- 信頼できる専門家に相談する
詳しく知りたい方は、ぜひアーク・パートナーズまでお問い合わせください。
