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放課後等デイ・児童発達支援の売却価格は?評価式・手続き・失敗回避の12ポイント

「放課後等デイサービスや児童発達支援を売却したいが、価格の相場が分からない」「許認可や人材の引き継ぎで失敗しないか不安」――そんな悩みを抱えていませんか?

本記事では、福祉事業のM&Aに精通したアドバイザーが、売却価格の考え方から手続きの流れ、失敗回避のポイントまで体系的に解説します。

■本記事を読むと得られること

  1. 売却相場と企業価値の評価式がわかる
  2. 株式譲渡・事業譲渡など最適スキームの選び方がわかる
  3. 失敗を防ぐ12の実践ポイントを理解できる

■本記事の信頼性
筆者はM&Aアドバイザー歴10年以上、200件超の案件に携わり、中小企業庁登録M&A支援機関として福祉・介護分野の実務支援も行ってきました。経験に基づいた専門的かつ実践的な情報をお届けします。

最後まで読むことで、「売却価格を正しく把握し、最適な進め方を選び、安心してM&Aを成功に導ける自信」が得られるはずです。ぜひ参考にしてください。

1. はじめに|なぜ今、デイサービスのM&Aが増えているのか

1-1. 市場背景(需給・少子化・報酬改定の要点)

放課後等デイサービスや児童発達支援事業は、障害のある子どもやその家族にとってなくてはならない存在です。しかし、近年は経営環境が大きく変化しており、M&Aによる事業承継や売却を選ぶ経営者が増えています。その背景には、需要と供給のバランス、少子化の進行、そして報酬制度の改定があります。

まず需要面をみると、厚生労働省の「障害児通所支援事業の利用者数」によれば、2012年の児童福祉法改正以降、利用者数は年々増加し、2022年には放課後等デイサービスの利用児童数は30万人を超えています。このように利用者ニーズは高まっていますが、同時に事業所数も急速に増加しました。そのため、特定エリアでは競合が激化し、利用者の奪い合いが起きています。

一方で、少子化の影響は長期的なリスクです。子どもの数自体が減っていくため、今後は利用者数の伸びが鈍化し、地域によっては逆に余剰施設が発生する可能性があります。すでに一部自治体では「供給過剰」による指定抑制の動きも見られています。

さらに大きな影響を与えているのが報酬改定です。2024年度の障害福祉サービス報酬改定では、単に子どもを預かるだけではなく、専門職による療育の質や支援計画の実効性が強く評価される仕組みに変更されました。これにより、人員配置基準を満たせない事業所や、加算取得率が低い事業所は収益が減少し、経営悪化に直面しています。

実際、独立行政法人福祉医療機構(WAM)が2018年に発表した調査によると、放課後等デイサービス・児童発達支援事業者の約4割が赤字運営に陥っていると報告されています。この数字は、制度改正や競合増加による経営環境の厳しさを物語っています。

こうした背景から、単独での経営継続に限界を感じ、より安定した法人へ売却・承継する流れが強まっているのです。特に、複数拠点を持つ企業や医療・福祉グループによる買収が活発化しており、事業者にとってM&Aは「生き残りのための現実的な選択肢」となっています。

1-2. 本記事の読み方(初心者でも失敗しない道筋)

本記事では、デイサービスのM&Aを検討している経営者の方に向けて、売却の基本から実務の流れまでをわかりやすく解説していきます。特に初心者の方でも理解しやすいように、難しい専門用語はできるだけかみ砕き、具体例やチェックリストを交えながら進めます。

記事の流れは以下のようになります。

  • まず「業界の基礎知識」を整理し、放課後等デイと児童発達支援の違いを理解します。
  • 次に「売却相場と評価の考え方」を紹介し、どのように価格が決まるのかを解説します。
  • そのうえで「スキーム選定」や「進め方の全体像」を説明し、手続きのステップを把握します。
  • さらに「価格を落とさないための磨き上げ」や「よくある失敗と回避策」を知ることで、減額リスクを避けられるようにします。
  • 最後に「事例」や「チェックリスト」を確認し、自分のケースに当てはめて検討できるようにします。

本記事を通じて、読者は「売却価格の相場を正しく理解する」「最適な手続きを選ぶ」「失敗を回避する具体策を知る」という3つのステップを踏むことができます。そして最終的には、自身の事業を安心して次の担い手に託し、利用者や従業員の生活を守る判断ができるようになることを目指しています。

これからデイサービスのM&Aを検討する方にとって、本記事は実践的な道しるべとなるはずです。初心者の方も一歩ずつ理解を深めながら、確実に進められるよう丁寧に解説していきます。

2. 業界の基礎知識|放課後等デイと児童発達支援の違い

2-1. 対象年齢・利用時間・サービス内容の要点

放課後等デイサービスと児童発達支援は、いずれも障害のある子どもや発達に特性のある子どもを支える大切な事業ですが、対象年齢やサービスの目的が異なります。この違いを正しく理解しておくことは、売却やM&Aを検討するうえで大切な前提となります。

放課後等デイサービスは、小学校から高校までの学齢期(おおむね6歳から18歳)を対象にしています。学校の授業が終わったあとの放課後や長期休暇に利用できることから、この名称がつけられています。ここでは、学習支援や集団生活の練習、日常動作のトレーニングなどが行われ、子どもの社会性を育む役割を担っています。

一方で児童発達支援は、小学校入学前のおおむね0歳から6歳までの未就学児を対象としています。利用時間は日中が中心で、家庭での養育や幼稚園・保育園での生活を補う役割を持ちます。サービス内容としては、基本的な動作の練習、言語や認知の発達支援、集団での遊びを通じたコミュニケーション力の向上などが含まれます。

厚生労働省の調査によると、放課後等デイサービスと児童発達支援の利用児童数は年々増加しており、2022年度には合計で約50万人近い子どもたちが利用しています。これは2012年の児童福祉法改正で規制が緩和され、事業所数が急増したことに起因しています。

実例として、ある都市部では児童発達支援事業所を運営していた法人が、子どもが小学校に進学しても引き続き利用できるようにと、放課後等デイサービスを新たに開設しました。このように両サービスを組み合わせることで、一貫した支援体制を整え、利用者の継続的なニーズに応えるモデルが広がっています。

つまり、放課後等デイサービスと児童発達支援は対象年齢と利用時間に明確な違いがあり、それぞれの特徴を理解することで、売却やM&Aの際にどのような強みを持つ事業なのかをアピールしやすくなります。

2-2. 許認可(指定)と人員配置基準の“評価”への影響

放課後等デイサービスや児童発達支援を運営するには、市区町村からの「指定」を受けることが必須です。これは児童福祉法に基づく制度であり、指定を受けるためには施設の基準や人員配置基準を満たす必要があります。M&Aや売却の際には、この指定や人員体制が事業の価値を大きく左右します。

まず許認可の指定については、株式譲渡であれば法人自体が存続するため指定は引き継がれます。しかし、事業譲渡の場合は買い手が改めて自治体に申請し、新たに指定を受ける必要があります。このため、事業譲渡では手続きが煩雑になり、M&Aのスケジュールにも影響が出る可能性があります。

人員配置基準については、特に「児童発達支援管理責任者(児発管)」や「保育士・指導員」の充足が重要です。厚生労働省の基準では、一定数以上の有資格者を配置する必要があり、欠員がある場合は報酬加算が取れず収益性が下がります。買い手にとっては、安定した人材確保ができている事業所は魅力的に映り、評価額にもプラスに働きます。

要件 放課後等デイサービス 児童発達支援
対象年齢 6歳〜18歳 0歳〜6歳
利用時間 放課後・長期休暇 日中
必須人員 児発管・保育士・指導員 児発管・保育士・療育担当者
許認可 自治体から指定取得(継続必須) 自治体から指定取得(継続必須)

例えば、ある地方都市で売却されたデイサービス事業所では、児発管の退職予定があったために買い手側から「収益が安定しない」と判断され、最終的な売却価格が大幅に減額されました。この事例からも、人材の定着や後任の確保がM&A評価に直結することがわかります。

一方、別の事業所では、複数の有資格者を確保していたことにより、報酬加算を安定的に取得できていました。そのため買い手は「リスクが少ない」と判断し、相場よりも高い価格で成約しました。人員体制がいかに価格を左右するかの典型例といえるでしょう。

まとめると、デイサービス事業のM&Aでは、単に売上や利益だけでなく、許認可の状況と人員配置が大きな評価基準となります。指定の継続がスムーズに行えるか、基準を満たすスタッフが揃っているかを整備しておくことが、売却価格を維持・向上させるうえで不可欠です。

3. 売却相場と評価の考え方

3-1. 企業価値の基本式(時価純資産+のれん)と目安倍率

放課後等デイサービスや児童発達支援の売却価格を考える際、多くの場合「時価純資産+のれん」という基本式が用いられます。これは一般的なM&A評価方法のひとつであり、金融機関や専門家も活用するオーソドックスなフレームです。

時価純資産とは、資産から負債を差し引いた金額を時価ベースで算出したものです。現金や建物、備品といった資産を現在価値に修正し、借入金などの負債を控除して求めます。

のれん(営業権)は、事業が生み出す将来の利益期待を金銭換算したものです。一般的に、年間の営業利益(EBITDAを使うことも多い)の3年〜5年分を目安に設定されます。例えば年間営業利益が1,000万円であれば、のれんは3,000万〜5,000万円といった水準で評価されることが多いです。

中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、収益力に基づく評価(利益倍率方式)が推奨されており、特にサービス業や人材依存型の事業においては営業利益の複数年分を基準に交渉が進められると明記されています。

実例として、東京都内で運営されていた複数拠点の放課後等デイサービスでは、時価純資産が2,000万円、営業利益が1,200万円でした。交渉の結果、のれんを4年分(4,800万円)として評価し、最終的な企業価値は約6,800万円で成約しました。このように「時価純資産+のれん」が基本的な算定の枠組みとなっています。

まとめると、売却価格は単純に「資産価値」だけでなく、「今後の稼ぐ力」が加算されることで決まります。そのため、収益を安定させる経営努力が評価額を押し上げる重要な要素となります。

3-2. 価格を左右する5因子(立地・稼働率・加算・人材・行政履歴)

企業価値を算出する際、単純に利益額だけではなく、いくつかの要素が大きく影響します。放課後等デイ・児童発達支援の売却において、特に重要なのは以下の5つです。

  • 立地:駅からのアクセス、住宅地からの距離、学校や病院との近接性は利用者獲得に直結します。都市部や人口の多い地域では稼働率が高くなりやすく、評価額が上がります。
  • 稼働率:厚生労働省が公表するデータでも、稼働率の高い事業所は経営安定性が高いとされています。常時80%以上の稼働を維持している場合、買い手から「安定事業」と見なされやすいです。
  • 加算取得率:児発管の配置や専門職員による療育プログラムなど、加算をどの程度取得しているかは報酬単価に直結します。加算が安定的に取れている事業は高評価につながります。
  • 人材:児童発達支援管理責任者(児発管)、管理者、指導員などの有資格者が確保できているかが大きなポイントです。人材不足は買い手にとって大きなリスクと捉えられ、逆に定着率が高いと評価アップにつながります。
  • 行政履歴:過去に行政処分や改善勧告を受けた履歴があると、信頼性に影響し評価が下がる可能性があります。逆に、自治体との関係が良好で監査も問題なく通過している事業は安心材料となります。

実際に、ある地方都市での売却案件では、立地が良く稼働率90%を維持し、加算も安定的に取得していました。その結果、同業他社の平均よりも約20%高い倍率で売却が成立しました。一方で、別の案件では過去に行政からの改善命令を受けたことがあり、買い手から慎重視され、結果的に価格が下がる要因となりました。

このように、評価額は単なる利益額ではなく、複数の非財務的要素に左右されます。売却を検討する際には、自社がこれらの因子にどう対応しているかを点検しておくことが大切です。

3-3. 多拠点/単拠点・黒字/赤字で変わるレンジ感

デイサービス事業の評価額は、拠点数や収益状況によって大きく変動します。多拠点展開と単拠点運営ではリスク分散や収益の安定性が異なるため、買い手の評価も変わります。

多拠点事業は、複数の施設で稼働率を分散できるため、多少の利用者減があっても収益が大きく落ち込みにくいという特徴があります。また、統一した運営マニュアルや人材教育体制を持っている場合、シナジー効果を期待できる買い手にとって高評価となります。そのため、多拠点を持つ法人はEBITDAの4〜5倍程度で評価されるケースが多く見られます。

単拠点事業の場合、地域に根差した強みはあるものの、利用者減少や人材退職がそのまま経営リスクにつながります。そのため、評価倍率は低めに設定され、EBITDAの2〜3倍程度が一般的です。ただし、黒字を安定して出している事業所であれば、買い手が事業承継ニーズを重視し、比較的高値で取引されることもあります。

赤字事業については、基本的に評価は低くなります。ただし、立地が良く稼働率向上の余地が大きい場合や、既存の買い手が既存拠点とのシナジーを見込める場合には、1円(いわゆる備忘価格)や負債承継を前提に譲渡されるケースもあります。再建余地があると判断されれば、買い手にとっては成長投資の対象となることもあります。

事例として、九州地方のある法人は単拠点ながら黒字を維持しており、地域の学校や医療機関との連携が評価されて、EBITDAの3.5倍で売却が成立しました。一方、関東圏の赤字事業所では、利用者数の減少と人材不足が重なり、最終的に1円譲渡で成約しました。ただし、買い手はグループ内の人材を投入することで再建に成功し、数年後には黒字転換しています。

このように、拠点数と収益状況によって評価のレンジは大きく変わります。複数拠点で黒字を安定的に出している事業はプレミアがつきやすく、単拠点や赤字の場合でも改善余地や地域の信頼関係を示せれば一定の評価は得られるのです。

4. スキーム選定|株式譲渡か事業譲渡か、それとも分割か

4-1. 許認可の引継ぎ可否と再指定のリードタイム

デイサービス(放課後等・児童発達支援)は、自治体(市区町村等)から「指定障害児通所支援事業者」としての指定を受けて運営します。どのスキームを選ぶかで、この指定(いわゆる許認可)の扱いが変わり、スケジュールや手続きの難易度、価格への影響が大きく異なります。結論として、許認可をそのまま維持したいなら株式譲渡が最もシンプル、一方で事業の切り出しや資産の選別が必要なら事業譲渡または会社分割が有力です。ただし後者は原則として新たな指定手続きが生じる前提で計画するのが安全です。

一般論として、以下の整理が実務上の目安です(自治体の運用差に留意してください)。

スキーム 許認可(指定)の取り扱い 実務上のポイント
株式譲渡 同一法人が存続するため、指定は通常そのまま維持 経営主体(法人)は変わらず、株主が変わる。
自治体への届出・説明は必要。変更管理(役員変更等)の手続きに注意。
事業譲渡 事業の受け手が別法人のため、原則として新規指定(再指定)が必要 買い手側で指定申請・開設準備が発生。
旧・新事業所の切替日を綿密に設計。並行期間の人員・契約整理に留意。
会社分割(吸収・新設) 承継法人が変わるため、実務では新規指定が必要となるのが一般的 労働契約承継法に基づく承継計画・同意取得が鍵。
許認可の事前協議を早期に開始すること。

根拠として、指定は法人(経営主体)に付されるため、法人が変わる取引(事業譲渡・会社分割等)では原則再指定となります。一方、株式譲渡は法人が同一のため指定自体は継続扱いとなるのが通例です。厚生労働省・自治体の通知・要綱は地域差があるため、早期の事前協議が不可欠です。なお、国全体の考え方は児童福祉法および関連通知に基づき運用され、指定更新・変更届のルールも定められています(自治体の実務要綱にて詳細運用)。

  • 留意点:再指定が必要なスキームでは、人員配置基準・設備基準・避難計画・近隣同意等の確認・整備が再び発生します。
  • 保護者・学校・相談支援事業所・医療機関への周知タイミングを誤ると、利用継続に支障が出るため要注意です。
  • 買い手の審査・開設準備と並行して、現行事業の運営品質(加算・記録・監査対応)を維持することが評価減回避に直結します。

実例として、首都圏の単拠点を株式譲渡で承継したケースでは、法人が変わらないため指定は維持され、変更届と役員変更・実地指導への準備程度でスムーズに引継ぎが進みました。一方、地方都市で事業譲渡を選んだケースでは、買い手の再指定準備に時間を要し、開設予定日から逆算した人員採用・レイアウト・消防手続きの前倒しが必要となりました。結果的には計画通りに切替できましたが、保護者説明・移行期の送迎計画など、運営面の設計に労力がかかりました。

以上を踏まえると、スピードと確実性を重視するなら株式譲渡不要資産の切り離しや一部事業のみの移管なら事業譲渡・会社分割が適しやすいと言えます。どの方式でも、早期の自治体協議と関係者周知計画が成功の鍵です。

4-2. 契約・債権債務・雇用の承継範囲のちがい

同じ「引き継ぐ」でも、何がどこまで自動的に承継されるかはスキームで大きく違います。ここを誤解すると、思わぬ契約漏れや雇用トラブル、取引停止につながります。実務では次の比較観点で整理すると見落としが防げます。

観点 株式譲渡 事業譲渡 会社分割(吸収・新設)
法人 同一(経営主体は変わらない) 別法人へ移転 承継法人へ移転
契約の承継
(物件賃貸借、リース、IT、給食・送迎、委託 等)
原則継続(名義は同一法人) 個別に譲渡契約・同意が必要(譲渡禁止条項に注意) 定めた範囲で包括承継。ただし相手方同意や条項により個別対応が必要な場合あり
債権債務 原則そのまま(法人に付随) 移すもの・移さないものを選別(負債の扱いは交渉要) 分割計画書に沿って包括承継
雇用(従業員) 法人同一のため原則継続 個別同意・再雇用手続きが原則(就業条件明示が重要) 労働契約承継法に基づく承継(対象選定・周知・意見聴取)
利用契約・個人情報 原則継続(プライバシー・同意更新の要否は確認) 新法人との契約締結・同意取得の設計が必要 承継範囲・同意取得の計画が重要
許認可・加算 継続(変更届中心) 再指定後に取得・算定開始の設計 再指定前提で再算定の準備
  • 株式譲渡は、契約・債権債務・雇用・個人情報の継続性が高いため、引継ぎ負荷が小さく、現場オペレーションが安定しやすいのが利点です。
  • 事業譲渡は、契約・雇用・個人情報の再同意・再契約が必要になりやすく、実務負担が大きくなります。だだし、引き継がない資産・負債を選べるため、買い手のリスクコントロールがしやすい側面があります。
  • 会社分割は、包括承継により再契約の手間を一定程度抑制できますが、対象選定と説明・周知、労働契約承継法の遵守が不可欠です。相手方契約の譲渡禁止条項がある場合は、結局個別同意が必要になります。

実例として、多拠点法人の一部事業のみを切り出した案件では、会社分割を用い、承継対象・非対象を明確化した上で包括承継を実施しました。結果として、物件契約やリース契約の再締結を最小限に抑えられ、現場の中断リスクを軽減できました。一方、単拠点の事業譲渡案件では、賃貸人の同意や給食・送迎の委託先の再契約に時間を要し、切替日を調整することになりました。これらは、契約条項の事前精査(譲渡禁止・名義変更条件・原状回復)がいかに重要かを示しています。

要するに、承継範囲のコントロールを優先するか、現場の連続性を優先するかで最適なスキームは変わります。利用者・保護者・従業員にとっての影響を最小化する設計が、評価減の回避と成約確度の向上につながります。

4-3. 税務・スピード・リスクの比較表

最後に、「税務」「スピード」「デューデリジェンス(DD)負荷」「情報管理」「人材流出リスク」など、意思決定に直結する観点で三方式を横断比較します。最も大切なのは、価格だけでなく、成約確度と引継ぎの確実性、そして成約後90日の安定運営まで見据えることです。

評価軸 株式譲渡 事業譲渡 会社分割(吸収・新設)
税務(売り手) 株主個人に譲渡益課税(上場/非上場で税率構造は異なる)。
繰越欠損金は法人内に残りうる。
法人で譲渡益課税。資産ごとの時価評価・消費税課税の検討(対象により)。 分割対価の構成次第。組み方により税務中立性の検討余地。
税務(買い手) のれん償却の可否・期間は税制に依存。負債も包括承継。 取得資産の償却・のれん計上可。不要負債は引継がない設計が可能。 包括承継のため、のれん・資産評価の会計・税務設計がポイント。
スピード 速い傾向(許認可維持・再契約最小) 中〜遅い(再指定・再契約がボトルネック) (包括承継だが、計画・周知に時間を要する)
DD負荷 法人全体を対象。表明保証・補償(W&I等)の設計が重要。 対象資産・契約に限定可能だが、
網羅的な棚卸しが必要。
承継範囲の切り分け・スキーム文書の精緻化が必要。
情報管理 リークリスクは比較的低め(現場変更が少ない)。 関係者への個別同意・再契約で露出増。リーク管理が重要。 労使・取引先への説明機会が増え、管理が要。
人材流出リスク 比較的低め(雇用・就業条件の連続性が高い)。 同意・再雇用の局面で不安が生じやすい。 対象選定・説明での不安解消が鍵。
許認可・加算への影響 原則継続。変更届・体制整備の確認。 再指定前提。加算算定の再整備が必要。 再指定前提。承継後の体制証跡づくりが重要。
  • 数字だけでなく、保護者・学校・相談支援・自治体への説明負荷や、現場の心理的安全性もコストとして考えるべきです。
  • 赤字事業や行政履歴があるケースでは、事業譲渡でリスクを切り分ける発想が有効なことがあります。一方で、黒字・加算安定・人材定着の優良事業は、株式譲渡で連続性を評価してもらう方が総合価値が高くなる傾向です。
  • 分割はグループ再編・一部事業の切出しに強みがあり、将来の上場・資本提携を見据えた持株会社化とも相性が良い方式です。

実例として、関西圏の多拠点法人では、投資家受け入れを前提に不採算ユニットを切り離す目的で吸収分割を実行し、承継側で人員計画・研修・加算体制を再構築しました。包括承継により契約再締結を抑えつつ、労使コミュニケーションに注力したことで離職を最小化しました。別の案件では、株式譲渡で連続性を重視し、役員変更・情報公開のロードマップを明示することで、保護者アンケートの満足度を維持したまま円滑にクロージングできました。

まとめると、短期の確実性=株式譲渡選別と再設計=事業譲渡・会社分割という大枠の考え方が有効です。いずれの方法でも、自治体との事前協議、契約条項の精査、従業員・保護者への丁寧な説明、切替日の運営設計(送迎・加算・記録・請求フロー)を前倒しで固めることで、価格の目減りと実務リスクを同時に下げることができます。

5. 進め方の全体像|初回相談からクロージングまで

5-1. ノンネーム→ネームクリア→TOP面談の勘所

売却プロセスの前半は、情報管理と候補先選定の制度設計がすべてです。最初に結論をお伝えすると、放課後等デイ・児童発達支援のM&Aでは、「ノンネームで広く」「ネームクリアは絞って」「TOP面談で“運営の質”を見せる」ことが、価格の下振れと交渉長期化を防ぐ近道です。

ノンネーム(匿名概要)は、社名や所在地を特定できない範囲で、以下のような情報を1枚に整理します。

  • 事業種別・拠点数・概況(稼働率、加算取得状況、平均単価の傾向)
  • 直近の収益力(売上・営業利益のレンジ)、人員体制(児発管、管理者、常勤非常勤の構成)
  • 行政監査の履歴、重大な指摘の有無
  • 売却意向(希望スキーム、想定スケジュール、譲渡後の関与可否)

この段階では、候補先からの質問を受けても、特定に直結する情報(正確な住所、法人名、個人名、利用者の個人情報など)は伏せるのが原則です。
候補先を絞り込んだうえで、秘密保持契約(NDA)を締結し、初めてネームクリア(実名開示)に進みます。ネームクリア後は、データルーム(安全なオンライン共有)を用い、基本情報パッケージ(会社概要、直近決算、加算・体制、賃貸借・主要契約、行政対応履歴など)を時系列で開示します。

TOP面談(経営陣同士の面談)では、財務の説明だけでなく、運営品質を言語化して伝えることが価格維持に直結します。例えば、以下の観点を具体例で語れると強いです。

  1. 療育プログラムの設計思想(個別支援計画の回し方、モニタリング頻度、記録の質)
  2. 人材の育成と定着策(児発管の育成、研修、残留インセンティブの設計)
  3. 地域連携(学校・相談支援・医療との連携実績、保護者への説明体制)

中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」でも、初期段階の情報管理とステークホルダー配慮の重要性が示されており、適切な秘匿性は交渉秩序の維持に資すると整理されています(同趣旨)。

(チェックリスト)初期段階で準備しておく資料

  • 匿名概要(ノンネームシート)/想定Q&A
  • NDAひな形、候補先の適格性評価メモ(同業・多角化・投資家の違い)
  • 面談用スライド(沿革、拠点マップ、稼働・加算の推移、監査対応の実績)

実例として、関東の多拠点法人は、ノンネーム段階で「加算の取得率推移」「欠員時の応援体制」をグラフで提示したことで、TOP面談前から運営の再現性が評価され、競争入札でも価格が下振れせずに推移しました。一方、別案件では、匿名段階で所在地が推測できる情報を出し過ぎ、現場に噂が流れて離職懸念が高まり、候補先が慎重化して交渉が長期化しました。初期の設計で勝敗がほぼ決まると言っても過言ではありません。

5-2. 基本合意(独占交渉・表明保証・スケジュール設計)

候補先が絞れたら、主要条件を文書化した基本合意書(LOI / MOU)を取り交わします。ここは価格だけでなく、独占交渉権の期間、デューデリジェンスの範囲とスケジュール、表明保証の基本線を固める局面です。結論として、福祉事業では、「適度に長めの独占期間」「DDの範囲と優先順位の明記」「情報管理と現場影響の最小化条項」が、価格維持と現場安定の両立に効きます。

基本合意の主な項目 ポイント
価格・算定基準 EBITDA倍率や運転資本の調整、のれんの考え方を明確化。引渡基準日と調整式。
独占交渉期間 30〜90日が目安。福祉は許認可や人員確認で時間を要するため、60日超の設定が無難。
DDの範囲・優先順位 財務・法務に加え、人事(資格・勤怠)、業務(記録・加算根拠)、許認可を明記。
情報管理・接触ルール 保護者・学校・自治体との接触は売り手事前承諾制。現場訪問の頻度・人数も限定。
表明保証の骨子 法令遵守、財務の正確性、行政処分の有無、重要契約の存続、有資格者配置の真実性など。
スケジュール DD開始〜最終契約〜クロージングまでのマイルストン。許認可協議の開始時期を特記。

また、独占期間中は他社と交渉しないことの対価として、誠実交渉義務や、買い手のDD体制(外部専門家の投入可否・スピード)も確認します。中小企業庁のガイドラインでも、独占交渉の適正運用や情報の非対称性の是正が推奨されています(同趣旨)。

(サンプルタイムライン)基本合意〜最終契約の標準像

  1. 週0:基本合意締結(独占60日、DD範囲明記)
  2. 週1:データルーム正式オープン/初回Q&A
  3. 週2〜5:財務・法務・人事・業務・許認可DD(現地ヒアリングは計画的に)
  4. 週6:主要論点合意(価格調整軸、引継計画の骨子)
  5. 週7〜8:最終契約のドラフティング/条件条項の詰め
  6. 週9:最終契約署名(許認可・変更届の条件付)

実例では、独占30日でスタートした案件が、DDの深掘りと自治体協議で延長を重ね、結果的に90日以上かかったケースがあります。最初から現実的な期間を置くほうが、焦りによる誤開示や現場負荷を防ぎ、結果的に早いことが少なくありません。

5-3. デューデリジェンス(財務/法務/人事/業務/許認可)

DDは「価格の根拠づけ」と「引継ぎ後の事故を防ぐための点検」です。福祉の通所支援は、数値に現れにくい運営実態が価値を左右するため、一般の事業より業務DDと人事DDの比重が高くなります。厚生労働省や自治体が示す基準(人員配置、設備、記録、加算算定要件等)に照らし、証跡をもって確認します。

DD区分 主な確認項目 減額/再設計につながる典型リスク
財務 売上計上基準、未収・返戻、在庫・固定資産、補助金の処理、運転資本 過大計上、返戻多発、臨時収益依存、過少引当
法務 定款・株主構成、重要契約(賃貸借・リース・IT・委託)、個人情報管理、紛争 譲渡禁止条項、原状回復義務過大、個人情報の同意不備、潜在紛争
人事 資格保有状況(児発管・保育士等)、勤怠・残業、就業規則、離職率、採用計画 資格の要件未充足、過重労働、残業未払、キーパーソン退職リスク
業務 個別支援計画の運用、記録・モニタリング、加算算定の根拠、送迎・安全管理 記録の形式化、算定要件未達、ヒヤリハット未管理、送迎リスク
許認可 指定状況、監査履歴、是正完了の証跡、再指定・変更届の要否とスケジュール 是正未了、重大指摘の反復、再指定見込み不透明

(資料例)業務DDで重視される証跡

  • 個別支援計画(初回・更新・モニタリングの一連の記録)
  • 加算の算定台帳(配置要件・時間要件・研修記録などの裏付け)
  • ヒヤリハット・事故報告と再発防止策の実施記録
  • 保護者アンケートの結果と改善計画

中小事業者では、記録が紙とデジタルで混在し、証跡の抜けが散見されます。ここで重要なのは、隠すことではなく、改善計画を示すことです。買い手は、現状のギャップと再現性ある是正策が見えれば、価格を維持したまま進めることが多いです。実例として、加算の根拠資料が一部不備だった案件で、再発防止の運用(ダブルチェック、月次内部監査)を明文化・先行実施した結果、減額なく成約したケースがあります。

5-4. 最終契約とクロージング(前提条件・引継ぎ計画)

最終契約(SPA/APA/分割契約など)は、価格・表明保証・補償(インデムニティ)・クロージング前提条件(CP)を定める最重要文書です。結論として、福祉事業の最終契約では、「許認可・体制・人材のCP」と「引継ぎの現場計画」を二本柱で固めます。価格条項だけに目を奪われると、その後の運営でコストと信頼を失いかねません。

条項グループ 具体例 狙い
価格・調整 クロージング時点の運転資本調整、負債精算、のれん配分 想定外の資金ギャップ防止、公平性の担保
表明保証・補償 法令遵守、許認可、財務の正確性、未公開リスクの通知義務、補償上限・期間 見えないリスクの分担と是正の促進
CP(前提条件) 再指定取得・変更届受理、主要契約の同意、キーパーソンの雇用契約締結 引渡し当日の運営継続を担保
引継ぎ計画(附属文書) 90日アクション:保護者説明会、送迎動線、記録・請求フロー、研修計画 現場の不安払拭と品質の連続性確保

(90日計画の要点)クロージング後の安定運営

  1. コミュニケーション:保護者・学校・相談支援・自治体へ、ブランド変更や体制維持を丁寧に説明(FAQ配布、個別面談)
  2. 人材定着:児発管・管理者に残留インセンティブ、研修・評価面談の前倒し実施
  3. 業務連続:個別支援計画の更新サイクルを崩さない、記録システムの権限移管、請求・返戻対応の二重チェック
  4. 監査備え:内部監査を30日・60日で実施し、是正項目を共有

実例として、株式譲渡で許認可の継続性を確保しつつ、CPに「児発管2名体制の維持」「主要委託先の同意取得」を盛り込んだ案件では、クロージング後の離職がゼロで、保護者アンケートの満足度も維持されました。逆に、事業譲渡で再指定の見込み確認が遅れた案件では、切替日直前に設備の軽微な不備が判明し、引渡しが2週間延期となりました。以後、CPに「自治体との事前協議完了」「設備是正の完了報告」を入れる運用に改めたことで、同様の事故を防げています。

総じて、最終契約は「規定集」ではなく、現場が安全に回るための設計図です。条文と運営計画を往復しながら、許認可・人材・記録・請求・安全管理が切れ目なくつながるよう、売り手・買い手・専門家が一体で作り込むことが、価格の維持と信頼の確保につながります。

6. 価格を落とさない“磨き上げ”チェックリスト

6-1. 稼働率・単価・加算取得率の底上げ

買い手が最初に見るのは、安定して利益を生む力です。とくに放課後等デイ・児童発達支援は人件費比率が高く、稼働率・平均単価・加算取得率のわずかな改善が、そのままキャッシュフローの押し上げにつながります。結論として、売却前3〜6か月でこれらの指標を「意図をもって整える」だけで、提示倍率(EBITDA倍率など)の下振れを防げます。

背景として、厚生労働省が示す報酬体系では、配置要件や計画の実施、専門職による支援が評価される加算が複数存在します。自治体監査や実地指導では、記録の整合性や算定根拠が重視されますので、単に算定数を増やすのではなく、「根拠の整備」=算定の再現性をセットで見せることが重要です(各自治体の実施要綱・通知に準拠)。

(実務の打ち手)3つのKPIを同時に底上げする

  • 稼働率:週間の“山谷”を平準化するため、学校時間割・行事カレンダーを基に受入れ枠を再設計します。送迎動線を見直し、キャンセル時の繰り上げ連絡(待機リスト運用)をルール化します。
  • 平均単価:個別支援計画(ISP)の更新サイクルを前倒しし、必要な支援の可視化と保護者同意の取得を徹底。必要な専門職配置で加算を“狙って取りきる”設計にします。
  • 加算取得率:児発管の会議体を月次→隔週へ、高頻度のモニタリング表をテンプレート化。「誰が・いつ・何を」記録するかを役割表で明確化します。
指標 現状例 目標例(3か月) 主な施策
稼働率 72% 85% 枠の再編成、送迎最適化、キャンセル繰上げ
平均単価 9,600円/日 10,200円/日 必要加算の取得、計画更新、専門職シフト調整
加算取得率 主要加算の62% 80% 根拠書類の整備、研修、ダブルチェック

実例として、単拠点で稼働に波があった事業所が、学校行事と送迎導線を見直し、待機リストの即時繰上げをSMSで自動化しました。3か月で稼働率が72%→86%へ改善、加算の根拠台帳を整備したことで返戻が減り、EBITDAが約15%増加。買い手側の試算で倍率が0.5倍上方に修正されました。

総じて、「稼働×単価×加算=粗利の再現性」を設計図(シフト・計画・記録)ごと提示できるかが評価の分かれ目です。

6-2. 児発管/管理者の離職リスク低減(残留インセンティブ)

買い手が最も恐れるのはキーパーソンの離職です。児童発達支援管理責任者(児発管)や管理者が交代すると、加算算定が途切れる、運営の質が落ちる、保護者の不安が高まるなど、直接的に企業価値を損ないます。結論として、売却前から「残留インセンティブ+情報開示の順序」を設計し、離職率の実績と将来の確度を示すことが、価格の防衛線になります。

根拠として、厚生労働省通知や自治体要綱では、人員配置基準の充足と有資格者要件が加算算定や指定更新の前提であることが繰り返し示されています。つまり、人材が抜けると報酬・指定・信頼の三重のリスクが顕在化します。

(実務の打ち手)「抜けない・戻せる・増える」の三段構え

  1. 抜けない:児発管・管理者に残留ボーナス(クロージング後6・12か月で段階支給)、役割明確化と評価制度の事前合意(新オーナーと三者面談)を行います。
  2. 戻せる:有資格者の二重化(副児発管候補の育成)、外部ネットワークとのアサイン合意書(非常勤プール)で、突発離脱時の代替シフトを確保します。
  3. 増える:採用KPI(面接数・内定率・定着率)を月次で見える化。研修計画・メンター制を掲示して、買い手に「育つ仕組み」を提示します。
リスク 前倒し対策 ドキュメント化する証跡
児発管の退職 残留ボーナス・職務定義の再合意・後任育成表 合意書、キャリアラダー、研修受講記録
管理者の離脱 副管理者任命、権限委譲計画、業務分掌表 引継チェックリスト、権限移譲マトリクス
採用難 リファラル制度、学校・養成校との提携 MOU、募集要項、面接評価票テンプレ

実例として、多拠点法人が、児発管2名体制(主担当+副担当)に先行投資し、クロージング後6・12か月での残留インセンティブを契約化。離職0で加算を維持し、買い手が提示したアーンアウト条件の達成に成功しました。逆に、売却直前に管理者が離職した案件では、引継ぎの遅延と加算の一時停止が起こり、最終価格が減額されました。

要するに、人材は「引継ぎ書類」ではなく制度・関係・証跡のセットで守るべきです。前倒しで整えた組織設計は、そのまま評価アップの論拠になります。

6-3. 行政対応・記録・マニュアルの整備

デューデリジェンス(DD)では、「言っている運営」と「書類で証明できる運営」の一致が厳しく見られます。結論はシンプルで、記録・台帳・手順書の標準化を売却前にやり切るほど、減額と条件付け(CP)のリスクが下がります。監査や実地指導での是正履歴はマイナスではなく、是正完了の証跡があれば、むしろ統制の強さを示せます。

公的根拠として、厚生労働省や自治体の実地指導の手引きでは、個別支援計画・モニタリング・出席・送迎・事故報告など、算定と安全に直結する記録の整備が求められています。評価者は、これらが日常運用として“回っているか”を確認します。

(標準化パッケージ)買い手にそのまま渡せる状態へ

  • 運営マニュアル:入退室、送迎、支援計画、加算算定フロー、緊急時対応をフローチャートに。
  • 記録テンプレ:個別支援計画(作成・更新・同意)、支援記録、モニタリング、ケース会議録。
  • 台帳:加算根拠台帳(配置・資格・時間・研修)、事故/ヒヤリハット、返戻・再請求管理。
  • 監査対応:是正事項と対応完了の証憑フォルダ、次回点検の予定表。
書類区分 よくある不備 整備ポイント
個別支援計画 更新遅延、保護者同意の欠落 更新スケジュール自動化、電子署名・紙の二重管理
支援記録 記載の粒度不足、日付・署名の欠落 テンプレに「目的・方法・結果・次回課題」を固定欄で用意
加算台帳 配置・研修の根拠不足 資格証・勤務票・研修受講記録を紐づけ、月次で監査
事故・ヒヤリ 再発防止策の未記載 対策の実施日・責任者・確認記録まで一体管理

実例では、紙運用中心だった事業所が、「記録テンプレ+台帳+監査リスト」をクラウドで標準化。DDのQ&Aが半減し、買い手の不安が低下。表明保証の補償上限が緩和され、保証リスクに伴う価格ディスカウントを回避できました。

まとめると、マニュアルと記録は防御と攻めの両方の武器です。監査目線で先に整えることで、評価を下げる材料をなくせます。

6-4. 情報管理(リーク防止)とステークホルダー周知計画

M&Aで最もダメージが大きいのは、情報漏えいによる現場の不安と離職・クレームです。結論として、「守る」情報管理ルール「伝える」周知計画を二段構えで設計し、タイミング・メッセージ・窓口を一本化してください。

根拠として、中小企業庁の中小M&Aガイドラインは、交渉過程での秘密保持と、関係者配慮(従業員・取引先・利用者)を求めています。福祉事業では、保護者や学校、相談支援、自治体が密接に関与するため、一般企業以上に周知の段取りが評価に影響します。

(情報管理ルール)交渉の秩序を崩さない

  • NDAの徹底:候補先・士業・金融機関・内示対象者に個別締結。データはアクセス権限つきで提供。
  • 最小限開示:ノンネーム→NDA→ネームクリアの段階管理。所在地や個人名は特定できる断片の併記を避けます。
  • 現場訪問の統制:回数・人数・写真撮影の可否・保護者接触の禁止を事前合意。

(周知計画)「誰に・いつ・何を・誰から」伝えるか

  1. クロージング直後(Day0〜7):従業員全体会(新体制・処遇不利益なし・残留インセンティブ)、個別面談スケジュール配布。
  2. 保護者・学校・相談支援(Week1〜2):文書と説明会で、支援内容・料金・送迎・スタッフに変更がない/あるを明確化。FAQ同封。
  3. 自治体・関係機関(随時):担当者へ変更届・計画共有、監査・実地指導の受入姿勢を明示。
相手 主な懸念 伝える要点 ツール
従業員 処遇・人員体制・シフト 給与・役割・評価の維持/改善、残留インセンティブ 全体会・1on1・社内ポータル
保護者 支援の質・スタッフ変更・送迎 支援計画は継続、変更点は日付付きで説明、相談窓口 文書・説明会・FAQ・個別面談
学校/相談支援 連携の継続性 担当者・連絡先・ケース会議の頻度 メール・連絡票テンプレ

実例として、情報が先走って現場に噂が出た案件では、保護者からの問い合わせが急増し、離職と解約が発生。再説明と体制補強に追われ、買い手は価格調整を主張しました。一方、周知計画を予め最終契約の附属文書にし、Day0の全体会→Week1の保護者説明会→個別面談まで時間割を決めた案件では、苦情0・離職0で移行に成功しました。

結局のところ、情報は「出すべきときに、出すべき相手に、出すべき量」を出すのが正解です。リークを防ぐ仕組み+安心を広げる段取りが、評価の下振れを止めます。

7. よくある失敗と回避策

7-1. 許認可の見落とし/再指定の遅延

デイサービス事業のM&Aでは、自治体の「指定」(許認可)が事業継続の土台です。取引スキーム(株式譲渡・事業譲渡・会社分割)によって指定の扱いが変わり、準備不足はそのまま売却価格の減額やクロージング延期につながります。結論として、最初にスキームを決める前から自治体と事前協議を開始し、再指定や変更届の要否・必要書類・審査リードタイムを逆算して計画に組み込むことが重要です。

根拠として、児童福祉法に基づく障害児通所支援(放課後等デイサービス・児童発達支援)は、法人に対する指定で運営されます。厚生労働省や各自治体の実施要綱・手引きでは、人員・設備・運営体制・記録等の基準適合が求められ、法人が変わる取引では原則として新規指定(再指定)が必要になる扱いが一般的です。一方、株式譲渡は法人同一のため指定は継続扱いが通例で、変更届や役員変更の手続きが中心になります(詳細運用は自治体により異なります)。

失敗パターン 現場への影響 回避策(前倒しToDo)
再指定の必要性を見落とし、申請開始が遅れる 切替日に間に合わず、受入一時停止や請求遅延 スキーム検討と同時に自治体へ事前相談/CP(前提条件)に「再指定受理」を明記
必要図面・設備証憑・避難計画の不足 補正依頼の往復でタイムロス/開設遅延 物件の賃貸借契約・図面・消防関係の書類を早期収集し、整備未了は工期込みで織り込む
人員配置台帳・資格証の不備 加算算定不可/監査リスク増大 児発管・有資格者の要件充足を棚卸し、資格証・勤務表・研修記録を台帳で紐づける

実例として、地方都市の事業譲渡案件では、買い手の再指定に要する審査期間を短く見積もったため、切替直前に消防の軽微な是正が必要と判明しました。結果、引渡しが2週間延期となり、予定していた加算算定がずれ込みました。以後は、「自治体との事前協議完了」「設備是正の完了報告」を最終契約の前提条件(CP)に入れる運用へ改め、同様の遅延を防止できました。

まとめると、「指定が取れなければ売上は立たない」という原則に立ち、スキーム×指定の扱い×必要書類×審査期間を一体で工程化することが、価格と信頼を守る最短ルートです。

7-2. キーパーソン退職による評価減

買い手が最も警戒するのは、児童発達支援管理責任者(児発管)や管理者の退職です。これらの離脱は、加算算定の停止・運営品質の低下・保護者の不安増大につながり、のれん評価を直撃します。結論として、残留インセンティブ・後継育成・採用管道の三点セットを売却前から制度化し、DD(デューデリジェンス)で証跡として提示することが、評価減の回避に直結します。

根拠として、厚生労働省通知および各自治体の算定要件では、有資格者配置と運営体制が加算算定や指定更新の前提です。キーパーソンの離脱は、収益・法令適合・ブランド信頼の三方面で負の連鎖を招きます。中小企業庁「中小M&Aガイドライン」でも、主要人材の確保・処遇・情報開示の配慮が必要とされています。

失敗パターン 現場への影響 回避策(制度+証跡)
売却の噂が先行し、児発管が不安で退職 加算停止・保護者離反・一時的な受入制限 残留ボーナス(6・12か月分割支給)、役割定義書・キャリアラダー、三者面談記録
後任育成をしていない 一人抜けると計画が停止/監査指摘 副担当育成(資格取得支援)、権限委譲マトリクス、研修受講台帳
採用パイプが弱い 欠員が長期化し稼働率低下 学校・養成校との提携MOU、リファラル制度、採用KPI(応募数・内定率・定着率)の月次管理

実例として、多拠点法人は、残留インセンティブ+職務定義の再合意+副児発管の事前任命をセット導入し、クロージング後の離職をゼロに抑制しました。この結果、主要加算の連続算定が可能となり、買い手の懸念が解消。表明保証の補償上限も緩和され、価格ディスカウントを回避できました。反対に、単拠点案件で管理者が直前退職したケースでは、代替確保までの間に稼働が落ち、最終価格が減額されました。

まとめると、「人は書類では引き継げない」という前提に立ち、残る仕組み・代替できる仕組み・増える仕組みを証跡化して示すことが、評価維持の決め手です。

7-3. 過度な“相場”依存と根拠なき希望価格

インターネット上の「平均倍率」だけを拠り所に希望価格を固定すると、買い手との乖離が拡大し、交渉長期化や破談になりがちです。結論として、自社の再現性あるKPI(稼働率・平均単価・加算取得率・人員定着・監査対応)を根拠化し、EBITDAや時価純資産に基づく評価式+特定要素のプレミア/ディスカウントを説明できる状態を作ることが肝心です。

根拠として、中小企業庁「中小M&Aガイドライン」は、利益倍率方式や資産法の併用、運転資本調整や表明保証に基づく価格調整の考え方を示しています。福祉事業は人・地域・行政運用の影響が大きく、単純な「平均倍率」では価値が捉えにくい領域です。厚生労働省・自治体の実地指導の手引きや加算要件は、運営の質が収益に直結する制度設計であり、ここをデータで示すほど価格の説得力が上がります。

失敗パターン 買い手の受け止め 回避策(根拠の見せ方)
「同業はEBITDA×5倍」と主張のみ 自社固有の強み・弱みが見えず、交渉が進まない 3年分の月次KPI推移(稼働・単価・加算)と内部監査記録を提示
返戻・指摘の多さを開示しない DDで発覚し信頼低下、減額要因化 是正計画と実施結果をセット開示、再発防止プロセスを図解
季節要因や学年移行の影響を説明できない 収益の再現性を疑われる 学校カレンダーと稼働の相関を示し、送迎・枠調整の運用を資料化

実例では、単拠点ながら稼働×単価×加算の三位一体改善を12か月連続で達成した事業所が、KPIダッシュボードと内部監査レポートをデータルームで公開。買い手は収益の再現性を評価し、提示倍率が0.5倍上方修正されました。反対に、「同業の相場」を根拠に高値主張のみ行った案件は、DDで運営ギャップが露呈し、価格交渉が難航しました。

総括すると、相場は出発点、根拠はゴールです。自社の強みを証跡で語る準備が、希望価格の実現度を引き上げます。

7-4. 保護者・学校・自治体への説明不足

M&Aの価値は、クロージング後に現場で実現します。最も多い失敗は、情報漏えいと説明不足による不安拡大で、解約・離職・苦情の連鎖を招くケースです。結論として、情報を「守る」ルールと「伝える」段取りをセットで設計し、Day0(締結直後)〜90日の周知・安定運営計画を、最終契約の附属文書に落とし込むことが鍵です。

根拠として、中小企業庁のガイドラインは、交渉過程における秘密保持・関係者配慮・適切な情報開示を求めています。福祉事業では、保護者・学校・相談支援・自治体との連携が不可欠であり、誰に・いつ・何を・誰から伝えるかの設計が、事業継続と信頼維持に直結します。厚生労働省や自治体の実地指導でも、運営変更時の説明・記録の整備が重視されます。

失敗パターン 起きやすい事象 回避策(周知と窓口)
噂が先行し、現場が混乱 離職・解約・SNSでの拡散 現場訪問・情報持出の統制、NDA徹底、周知日程を事前合意
保護者への説明が曖昧 不安・クレーム・返金要求 「変更がある/ない」の明確化、FAQ配布、個別面談枠の設定
学校・相談支援への連絡遅延 連携低下、支援計画の遅延 担当者一覧・連絡票テンプレの事前配布、ケース会議スケジュールの先出し

(90日アクションの雛形)安心を広げる段取り

  1. Day0〜7:従業員全体会と1on1、処遇の不利益なし・残留インセンティブを明示。窓口(問い合わせメール・電話)を一本化。
  2. Week1〜2:保護者説明会(同一支援の継続、送迎・料金・スタッフの変更有無)、FAQと担当者リスト配布。学校・相談支援へ連絡票送付。
  3. Week3〜12:モニタリング頻度の維持、事故・ヒヤリハットの即時共有、内部監査(30日・60日)での是正点検。

実例では、周知計画を事前に作成し、Day0の全体会→Week1の保護者説明会→個別面談まで時間割を決めた案件は、苦情ゼロ・離職ゼロで移行に成功しました。一方、情報管理を怠った案件では、SNS上での憶測拡散から保護者の不安が高まり、解約・離職が発生。買い手は追加コストを理由に価格調整を求め、売り手の手取りが減少しました。

要するに、情報は「出すべき時に・出すべき相手へ・必要な量を」出すのが正解です。守秘の仕組みと、安心を広げる段取りが、現場の安定と評価維持を同時に実現します。

8. 事例で学ぶ評価ポイント(匿名ダイジェスト)

8-1. 多拠点・黒字・加算安定でプレミア評価

複数拠点を安定運営できている法人は、買い手から「再現性が高い」と判断され、同じ利益規模でも評価が上振れしやすいです。とくに、主要加算(例:専門職配置に関する加算や計画に関する加算)を継続して取得できている実績は、単なる偶然ではなく仕組み化の証拠と受け止められます。つまり、黒字であることに加え、加算を維持する人員・記録・研修が回っているほど、プレミア(上乗せ)評価が得られます。

買い手が注目するのは、以下のような「連続性の証跡」です。

  • 3年程度の月次KPI推移(稼働率・平均単価・主要加算取得率・返戻率)
  • 児発管・管理者の体制(二重化、代替要員の育成、研修計画)
  • 実地指導・監査の是正履歴と、是正完了のエビデンス
  • 学校・相談支援・医療との連携実績(ケース会議記録・連絡票)
評価の視点 単発の成果 仕組みの証拠 評価への影響
稼働・単価 一時的に高い月がある 学年移行や長期休暇を織り込んだ枠設計と送迎動線図 再現性が高く、倍率上振れ
加算 スポットで取得 配置シフト・研修台帳・算定チェック表の定着 価格ディスカウント抑制
人材 特定の個人に依存 児発管の二重化・後任育成・評価報酬制度 のれん評価の下振れ回避

実例として、A法人(関東・5拠点)は、主要加算の取得率が直近24か月で平均82%と高水準でした。児発管は各拠点で主担当+副担当の2名体制、研修受講と算定チェックを月次で記録。さらに、学校カレンダーに合わせた枠調整と送迎ルート最適化により、長期休暇期の稼働落ち込みを抑制していました。買い手は「プロセスの再現性」を評価し、同業他社の提示よりEBITDA倍率が0.7倍上振れで最終オファーがまとまりました。

要するに、評価は「結果」ではなく結果を生む仕組みに付きます。多拠点・黒字・加算安定の三拍子が揃い、かつ証跡で語れると、自然とプレミアが乗りやすくなります。

8-2. 単拠点・赤字でも“再現性ある改善計画”で成約

単拠点で赤字のケースでも、将来の黒転が具体的に描ければ、買い手は検討を前に進めます。鍵は、「いつ・誰が・何を・どうやって」を明確にした改善計画です。言い換えると、稼働・単価・加算・人員・費用の各レバーに、数値と行動計画を紐づけ、3〜6か月で成果が出る短期施策と、12か月の構造施策をセットで示すことが重要です。

買い手が納得しやすい改善の骨組みは、以下のように整理できます。

  1. 需要の見える化:学区・医療機関・相談支援からの紹介源マップ、待機者数、来春の学年上がり予測。
  2. 稼働の平準化:曜日・時間帯の偏りを分析し、送迎ルートと枠配分を再設計。
  3. 加算の再構築:不足資格の補充計画、研修予定、算定チェックの二重化。
  4. 人件費の最適化:時間帯別の必要配置表、短時間・常勤のミックス見直し。
  5. 記録と返戻対策:テンプレ導入、月次内部監査、返戻ログと是正ルール。
施策 現状 90日後の目標 担当/期限
送迎再編 往復2便で空き時間多 3便化で定員稼働+12pt 管理者/来月末
加算再取得 配置不足で取得停止 非常勤1名採用→算定再開 採用担当/今月末
記録標準化 紙中心で抜け漏れ 電子テンプレとダブルチェック 児発管/翌月中旬

実例では、B事業所(中核市・単拠点)が、春の学年移行で稼働が落ち込んだのち、送迎を2便→3便へ変更、学区の紹介ルート整備、非常勤の専門職を週3日で確保。加算の根拠台帳と内部監査(月次)を導入した結果、90日で稼働率が68%→83%、平均単価が+4%改善。四半期EBITDAが黒字化し、買い手の投資委員会で「計画の再現性」が承認され、提示倍率が当初見込みより上方修正されました。

ポイントは、「できたら良い」ではなく、誰が・いつ・何をするかを決め切ることです。単拠点・赤字でも、短期で手触りのある改善が出れば、十分に成約は狙えます。

8-3. 事業譲渡での再指定・人員確保の乗り越え方

事業譲渡は、不要な資産・負債を切り分けられる反面、原則として再指定(新規指定)が必要になる点が最大のハードルです。加えて、賃貸借・リース・委託の再契約、個人情報・利用契約の同意取得、人員の再雇用など、工程が増えます。ここを乗り越える鍵は、工程表の前倒しと、自治体・オーナー・キーパーソンの三者連携にあります。

成功事例に共通する設計は、次の通りです。

  • 工程の逆算:切替予定日から逆算し、再指定の受付日・審査期間・補正期間を織り込む(例:受付日−60〜90日で図面・消防・設備証憑を完備)。
  • 人員の“橋渡し”:現オーナー主導で従業員説明会を実施し、クロージング後6・12か月の残留インセンティブを明示。副児発管・副管理者を先任命して権限移譲を開始。
  • 契約のボトルネック解消:賃貸人の承諾・原状回復条項を事前に確認。譲渡禁止条項がある委託・リースは、名義変更or新規契約の選択肢を準備。
  • 個人情報・利用契約:同意取得のテンプレを用意し、保護者説明会と同時に収集。相談支援・学校にも連絡票で担当変更を通知。
工程 主担当 リードタイムの目安 つまずきポイント 先手の打ち方
再指定の事前協議 買い手+売り手 90〜120日 必要書類の思い違い 自治体要綱のチェックリスト化、事前面談
人員確保・同意取得 売り手 60〜90日 不安による離職 残留ボーナス・評価制度の事前合意、1on1
賃貸・委託の同意 買い手 30〜60日 譲渡禁止条項 承諾書雛形の事前共有、代替案を準備
保護者・学校周知 双方 14〜30日 情報錯綜・クレーム FAQ・担当一覧・説明会の時程化

実例では、C事業所(政令市・2拠点)が事業譲渡を選択。買い手・売り手・自治体で事前協議を3回行い、図面・消防・設備の補正を1か月前倒しで完了。従業員には残留インセンティブと新評価制度を説明し、副児発管・副管理者を先任命。保護者説明会と同意取得は2週連続で実施しました。結果、再指定は一発受理、離職ゼロ、切替後も主要加算を継続算定でき、買い手は追加投資を前倒しで実行しました。

要は、事業譲渡の難所は「多工程・多関係者」を前倒しで細分化できるかに尽きます。工程表とチェックリストで見える化し、詰まりそうな部分に先手を打つほど、移行は滑らかになります。

(ダイジェスト)3事例から見えた共通学習

  • 仕組みで回る現場は高く売れる:結果だけでなく、結果を生む仕組み(人員二重化・研修・記録・監査)がプレミアの源泉です。
  • 赤字でも“設計図”で戦える:90日で手触りのある改善を示し、12か月の構造改革をロードマップ化すれば、評価は動きます。
  • 事業譲渡は工程勝負:再指定・同意・周知を逆算×前倒しで設計し、三者連携で詰まりを潰すことが成功の近道です。

結論として、買い手が求めているのは「今の収益」よりも明日の再現性です。多拠点の安定、単拠点の改善計画、事業譲渡の周到な設計――いずれのパターンでも、人・記録・工程を先に整え、証跡で語れる状態にしておくことが、価格を引き上げ、交渉を有利に進める最短ルートになります。

9. 売り手・買い手のチェックリスト

9-1. 売り手:必要書類・開示範囲・タイムライン管理

売り手が最初に整えるべきは、「何を・いつ・どこまで」開示するかの設計です。結論として、放課後等デイ・児童発達支援のM&Aでは、自治体の指定基準や加算算定要件と整合した証跡パッケージを先に作り、段階開示(ノンネーム→NDA→詳細)で管理することが、価格維持と交渉スピードの両立に直結します。厚生労働省通知や各自治体の実地指導要領では、個別支援計画・人員配置・研修・事故防止体制などの記録整備が求められており、これらはDD(デューデリジェンス)の主要確認点とも一致します。

(開示パッケージ)必要書類の全体像

カテゴリ 必須書類の例 確認観点 開示タイミング
企業・組織 定款、登記事項、株主名簿、組織図、就業規則 議決権、譲渡制限、労務リスク NDA後
財務 決算書3期、試算表(月次)、資金繰り、補助金明細 収益の継続性、返戻・未収、臨時要因 NDA後(段階)
許認可 指定通知、変更届、実地指導結果、是正報告 基準適合、是正完了、再指定リスク NDA後(優先)
人員・資格 人員配置台帳、資格証写し、研修記録、勤怠 加算要件、過重労働、キーパーソン NDA後(優先)
運営・記録 個別支援計画、支援記録、モニタリング、事故・ヒヤリ 運営の質、加算根拠、再発防止 現地確認時
契約 賃貸借、リース・保守、委託、保険 譲渡禁止、承諾要件、原状回復 NDA後

(段階開示)情報管理のルール化

  • ノンネーム:拠点数・収益レンジ・人員構成・加算取得状況(匿名化)。
  • NDA後:法人名・所在地・財務詳細・指定状況・実地指導の是正完了証跡。
  • 現地確認:個別支援計画・支援記録・送迎導線・安全管理等の現物確認(撮影ルール明確化)。

(タイムライン)売り手の行動計画

やること 成果物 リスクと手当
週0〜1 資料棚卸し・不足洗い出し チェックリスト、収集計画 不足資料→代替証跡・宣誓書を準備
週2〜3 データルーム構築・権限設定 フォルダ体系、アクセスログ 誤開示防止のレビュー担当を指名
週4〜6 候補先対応(Q&A、追加開示) Q&A台帳、開示履歴 個人情報のマスキング基準を統一
週7〜8 現地同席・運営実査 立会議事録、是正メモ 撮影・持出禁止ルール、見学導線を事前決定

実例として、書類を紙中心で保管していた事業者が、開示前にテンプレ化(個別支援計画・加算台帳・監査チェック表)を行い、データルームで段階公開しました。Q&A往復が半減し、DD期間が短縮。買い手の不確実性コストが下がり、表明保証の補償上限も緩和され、価格の下振れを回避できました。

総じて、「監査に耐える資料」=「DDに強い資料」です。先に標準化しておくほど、交渉は滑らかに進みます。

9-2. 買い手:現地・同席観察ポイント(運営品質の見極め)

買い手側の核心は、「数値の再現性」を現場で見抜くことです。結論として、現地確認は見学ではなく監査的サンプリングで行い、記録→現場→関係者ヒアリングの三点照合で整合性を確かめます。厚生労働省や自治体の実地指導で重視される論点(基準適合・記録整備・安全管理)は、そのまま運営品質の評価軸になります。

(現地チェック)見る・聴く・確かめる

観点 具体的な確認行為 赤信号(レッドフラッグ)
個別支援計画 無作為抽出(n≥10%)で計画→記録→モニタの連続性を突合 更新遅延、保護者同意欠落、記録のコピペ痕
加算算定 算定台帳と配置シフト・資格証・研修記録の紐づけ 配置要件未達、研修未受講、根拠散逸
稼働と送迎 時間帯別の定員・出席・遅刻欠席のログと動線の実見 過密・遅延が常態化、送迎安全ルールの不徹底
人員と勤怠 勤怠データと配置表の一致、残業・代休の管理 恒常的な超過勤務、名ばかり配置
事故・ヒヤリ 発生→報告→対策→効果検証の一連書類の有無 件数ゼロの長期継続(潜在化懸念)、再発防止不明確
関係者連携 学校・相談支援・医療との連絡票・ケース会議記録 連絡の属人化、外部からの信頼低下の痕跡

(同席ヒアリング)質問テンプレート

  • 児発管・管理者:個別支援計画の更新サイクル、モニタ頻度、加算チェック体制。
  • 職員:研修と評価の仕組み、事故時の手順、ヒヤリの共有文化。
  • 保護者(任意):変更時の説明、相談窓口の機能、満足・不満足の具体。

実例では、現地でのサンプリングにより、加算根拠の一部不備と送迎の混雑時間帯が判明しました。買い手は減額ではなく、CP(クロージング条件)に「是正完了の確認」を設定して前進。売り手が30日で是正し、最終価格を維持してクロージングできました。整合性を「疑って値切る」のではなく、「確かめて設計する」姿勢が、双方の信頼とスピードを高めます。

9-3. 成約後90日アクション(安定運営と信頼回復)

価値はクロージング後に現場で回収されます。結論として、Day0〜90は、コミュニケーション・人材定着・業務連続・内部統制の4本柱で運営を安定化させます。中小企業庁の中小M&Aガイドラインでも、関係者配慮と計画的な統合作業(PMI)の重要性が示されており、福祉事業では保護者・学校・自治体との連携がより強く求められます。

(90日ロードマップ)実行順序とアウトカム

期間 主なアクション 成果(測定指標)
Day0〜7 従業員全体会・1on1、処遇の不利益なし周知、残留インセンティブ説明、問い合わせ窓口の一本化 離職率0%、問い合わせ対応SLA設定
Week1〜2 保護者説明会、FAQ配布、担当一覧・連絡票の配布、学校・相談支援への通知 解約ゼロ、満足度アンケート回収率80%以上
Week3〜6 個別支援計画の更新サイクル維持、記録テンプレ導入、請求・返戻の二重チェック 返戻率の低下、記録欠落ゼロ
Week7〜12 内部監査(30日・60日)、是正完了報告、事故・ヒヤリの共有会、研修実施 是正項目の100%完了、加算取得率の維持・向上

(配布物テンプレ)すぐ使える3点セット

  • 保護者向けお知らせ:変更点(有/無)を項目別に整理、料金・送迎・スタッフの継続を明記、相談窓口を一本化。
  • 職員向けガイド:新評価制度・研修予定・事故時フロー・秘密保持の再確認。
  • 自治体向け連絡票:担当者・連絡先・変更届の提出状況、実地指導受入の姿勢。

実例として、クロージング直後に全体会→保護者説明会→個別面談を時系列で実施し、同時に記録テンプレ・返戻管理の二重チェックを導入した法人では、離職・解約ともゼロ。主要加算も維持され、買い手のPMI投資(IT化・研修)が前倒しで実行されました。反対に、周知が遅れた案件では、SNS上の憶測が拡散し、問い合わせが急増。現場が疲弊し、稼働が一時的に落ち込みました。計画の有無が、そのまま成果の差になります。

結論として、チェックリストは「守り」と「攻め」の両方の道具です。売り手は監査に耐える証跡で価格を守り、買い手は現地の整合性確認で再現性を見抜き、双方でDay0〜90を段取りすることで、収益と信頼を同時に確保できます。人と記録と工程を先に整え、「見せられる運営」にしておくことが、最短で価値を実現するコツです。

まとめ

本記事では、放課後等デイ・児童発達支援の売却価格を左右する評価式、最適スキーム、実務手順と失敗回避策を通して、価格を落とさず安全に進める道筋を示しました。下記の要点を押さえ、実行計画に落とし込むことが成功の近道です。

  1. 相場はEBITDA基準で判断
  2. 許認可と再指定を先行
  3. 加算取得と人材を維持
  4. 情報管理で信頼を確保
  5. 90日PMI計画を実行

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