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「M&A適正価格」という幻想に騙されるな|売り手が損しないための価格交渉術とは

「M&Aの“適正価格”って信じていいの?」「安く買い叩かれて損をしないか心配…」
そんな不安を抱える売り手経営者の方は多いのではないでしょうか。

実は、M&A取引における「適正価格」という言葉には、多くの誤解や誘導が含まれています。
本記事では、10年以上M&A現場を見続けてきた専門家の視点から、“その幻想”の正体を明らかにします。

■本記事を読むと得られること

  1. 「適正価格」という言葉の本当の意味と使われ方がわかる
  2. 買い手や業者の心理戦に騙されない交渉術が身につく
  3. 企業価値評価の限界と信じるべき判断基準がわかる

■本記事の信頼性
筆者はM&Aアドバイザー歴10年以上、200件以上の中小企業M&Aに携わり、
中小企業庁登録のM&A支援機関として、誠実かつ実践的な支援を行っています。

この記事を読むことで、「適正価格」に惑わされず、自信を持って価格交渉に臨めるようになります。
大切な会社を不当に安く手放さないために、ぜひ最後までお読みください。

1. M&Aに「適正価格」は本当に存在するのか?

1.1 M&A初心者が勘違いしがちな“適正価格”という幻想

M&Aの現場では、「御社の適正価格は〇億円です」といった言葉がよく登場します。はじめてM&Aを経験する経営者の多くは、これを「誰が見ても公平な価格なんだ」と信じてしまいがちです。しかし実際には、この“適正価格”という言葉には注意が必要です。

なぜなら、M&Aには株式や不動産のように市場で毎日取引されている「客観的な時価」が存在しません。企業ごとに業績も将来性も違い、買い手にとっての価値も千差万別だからです。にもかかわらず、“適正価格”という言葉が頻繁に使われるのは、売り手を「納得させるための道具」として利用されているからです。

たとえば、ある仲介会社が「当社の算定結果では2億円が適正です」と提示した場合、それを聞いた売り手は「それより高くは売れないのかも…」と信じ込んでしまうことがあります。しかし、この2億円という金額は、複雑な計算式と専門用語を使って導き出された“もっともらしい数字”に過ぎません。

国の公的なガイドラインでも、M&Aの価格算定は「将来の収益見通しなどに基づいて主観的に決定される面が強い」とされています。中小企業庁が発行する『中小企業のM&Aハンドブック』でも、「価格は買い手と売り手の交渉により決定される」と明記されており、万能な“適正価格”は存在しないことが示唆されています。

つまり、M&Aにおける“適正価格”とは、絶対的な基準ではなく、「誰かにとって都合がよい価格」である可能性が高いのです。

1.2 売り手が「信じ込みやすい」理由とは

M&Aを初めて経験する売り手にとって、「自社の価値がどれくらいなのか」は最大の関心事です。しかし、そこにつけ込まれてしまうケースが後を絶ちません。なぜ売り手は“適正価格”という言葉を信じてしまうのでしょうか。

まず、売り手はM&Aの専門知識を持っていないことが多く、相手の説明を鵜呑みにせざるを得ない状況にあります。特に、「DCF法」「EBITDA倍率」「マーケットアプローチ」などの難解な評価手法が使われると、「専門家がそう言うのだから間違いない」と思ってしまうのです。

また、仲介会社やアドバイザーは「〇億円が相場です」「会計士が算出しました」と、あたかも客観的な評価であるかのように提示してくる場合があります。しかし、実際にはこれらの評価方法は大きく結果が変動します。たとえばDCF法では、「将来の利益予測」によって企業価値が数倍に変動することもあります。

以下の例をご覧ください。

前提条件 企業価値(DCF法)
楽観的シナリオ(年率成長10%) 3.5億円
保守的シナリオ(年率成長2%) 1.8億円

このように、使用する前提によって結果は大きく変わります。つまり、企業価値評価は「絶対的なもの」ではなく、「都合の良い数値を出せる計算式」でもあるのです。

さらに、“適正価格”という言葉は、交渉の場でも心理的な効果を持ちます。買い手が「会計士が〇億円と評価しています」と言うと、売り手は「それ以上は強く主張できない」と思い込み、交渉を諦めてしまうケースがあるのです。

こうした状況は、金融リテラシーの高い買い手や仲介者にとっては都合が良く、「価格を抑えやすい」構造をつくります。逆に言えば、売り手がその構造に気づき、自分なりの判断軸を持つことで、不利な価格での譲渡を防ぐことができるのです。

たとえば、実際の現場では「2億円が相場です」と言われた企業が、「いや、うちが今後仕掛ける新規事業を含めれば、3億円でも安いはず」と強気で交渉し、結果的に希望価格で売却した例もあります。このように、相手の理屈に乗らず、自分の事業の価値を伝えることが価格交渉では重要になります。

以上のように、M&Aにおける“適正価格”という言葉には、客観性の仮面をかぶった「主観的な誘導」が含まれていることが多く、売り手がそのまま信じてしまうと大きな損を被る可能性があります。

2. 売り手が情報弱者になる理由とそのリスク

2.1 なぜM&Aは買い手・業者の土俵なのか

M&Aにおける交渉の場は、基本的に「買い手」「アドバイザー(仲介会社やFA)」が慣れ親しんだ土俵です。特に売り手側がM&A初体験の場合、ほとんどの情報や判断材料を相手に依存せざるを得ず、まさに情報弱者という立場に陥りやすくなります。

買い手企業は、過去に何度も買収を経験していることが多く、社内にM&A部門や法務・財務の専門家を抱えているケースも珍しくありません。一方で、中小企業の売り手経営者は、M&Aどころか企業価値評価や法務デューデリジェンスといった用語すら初めて耳にすることも多く、知識の非対称性が明白です。

このような非対称性の中で行われる交渉は、次のような構図になりがちです。

交渉の参加者 経験・情報量 交渉の主導権
買い手企業 豊富(M&A経験複数回) 主導的
仲介会社・FA 専門家(毎月複数案件を担当) 中立装いながら買い手寄りになりがち
売り手経営者 初体験、専門知識不足 受け身、誘導されやすい

加えて、M&Aにおける「価格の算定」や「契約内容」は非常に複雑で、専門用語も多く、単独での判断が困難です。買い手側が提示する評価ロジックや財務シミュレーションは一見正当性がありそうに見えますが、その多くは前提条件次第で簡単に結果が変わる性質を持っています。

このように、M&A交渉においては「知識」「経験」「専門家の数と質」といった点で買い手が有利であり、売り手が受け身になる構図が自然と形成されてしまうのです。

2.2 「価格を受け入れさせる構造」に気づくべき

売り手が情報弱者になることの最大のリスクは、「相場よりも安い価格を“納得させられてしまう”構造」に巻き込まれていることに気づけない点にあります。特に問題なのは、売り手自身が「悪意のない相手だから大丈夫」と思い込んでいる場合です。

買い手や仲介業者は、以下のような言葉で売り手の価格意識をコントロールしようとすることがあります。

  • 「専門家の評価ではこの金額が妥当です」
  • 「他の案件もこのくらいの価格で成約しています」
  • 「あまり高くすると、買い手が引いてしまいますよ」

こうした言葉には「説得力」がありますが、冷静に見るとどれも「買い手にとって都合が良い情報」に過ぎません。売り手が納得しやすいように、あえて柔らかい言い回しで誘導してくるのがポイントです。

たとえば、ある飲食業のM&A案件では、仲介会社が「適正価格は2,000万円」と伝え、売り手はそれを真に受けて契約寸前まで進みました。しかし後日、別のFAが入って再査定したところ、立地条件・顧客リスト・運転資本を踏まえれば4,000万円でも通用する内容であると判明し、実際にその金額で売却が成立しました。

これは、「適正価格」として提示されていた数字が、実は交渉の出発点として意図的に低く設定されていた可能性を示しています。つまり、“価格を納得させるための仕掛け”が巧妙に施されていたのです。

また、仲介会社のビジネスモデル上、M&Aが成立すれば手数料が入るため、価格が多少低くてもクロージングを優先する傾向があります。このため、売り手の利益よりも「成立のしやすさ」が優先されてしまい、結果的に売り手の希望価格よりも低く売却されることがしばしばあります。

このような構造を理解しておかないと、売り手は「自分で納得して売却した」と思い込んだまま、大きな金額的損失を受けてしまう恐れがあります。納得感はあっても、それが真の市場価値や交渉の結果によるものではない可能性があるのです。

情報弱者のまま交渉に入ることは、サッカー未経験者がプロリーグの試合に飛び込むようなものです。必要なのは、相手のロジックを鵜呑みにしないための知識と、「価格に対して自ら問いを持つ姿勢」です。

特に以下の点に注意して、相手の誘導に気づけるようにすることが重要です。

  1. 「適正価格」という言葉の根拠を必ず尋ねる
  2. 複数の専門家に意見をもらう(セカンドオピニオン)
  3. 「納得できる理由」が自分の言葉で説明できるか自問する

これらを実践することで、売り手は情報弱者の立場から一歩抜け出し、損をしないための価格交渉が可能になります。

3. 買い手・アドバイザーが使う「誘導のロジック」

3.1 安く売らせたい勢力が持つ“共通の願望”

M&Aにおいて、買い手や一部の仲介者が「売り手に安く売らせたい」と思っているのは公然の事実です。これは彼らが悪意を持っているというより、ビジネスとしての合理性に基づく自然な欲求といえます。

まず買い手にとって、企業を安く買収できればできるほど、投資回収期間は短縮され、リスクも小さくなります。仕入れ価格が低ければ、得られる利益の幅が広がるのは、ビジネスの基本原則です。

一方、売り手はたいてい人生で一度きりのM&Aを経験しますが、買い手は過去に何件も取引を経験している場合が多く、交渉にも慣れています。しかも、相手には専門知識を持つ弁護士や財務アドバイザーがついており、チームで戦っている状態です。

このような中で、売り手に対して以下のような言葉が投げかけられます。

  • 「この金額ならすぐにでも決めます」
  • 「他社と比べてこの価格はかなり良心的です」
  • 「あまり高くすると他の候補が離脱しますよ」

これらは一見、売り手の利益を考えているように見えますが、実際には買い手にとって都合の良い方向へ誘導する“常套句”です。こうした発言の裏には、「納得させて早く安く買いたい」という買い手の本音があります。

実際、売り手が強気に価格を主張した場合、「この会社にはリスクがある」「人材が属人的だ」「今の利益は一時的だ」といった理由で減額交渉が行われることもあります。これもまた、「買い叩き」の一種といえます。

M&Aでは、最終的な譲渡価格は交渉で決まるため、「本音はもっと高く買ってもいいが、最初は安く提示して反応を見る」という戦略が日常的に行われています。

3.2 仲介者のビジネスモデルが抱える矛盾点

M&A仲介者(特に両手仲介の場合)もまた、成立させることが最優先のため、価格に対して中立的な立場を取りながらも、実際には「成立しやすい価格=買い手が納得しやすい価格」に売り手を誘導しがちです。

両手仲介とは、売り手と買い手の双方から報酬を得るスタイルであり、国内の中小企業M&Aでは一般的です。以下の表をご覧ください。

仲介形態 報酬構造 成立への影響
両手仲介 売り手・買い手両方から成功報酬 とにかく早く・確実に成立させたい
FA(片手) 依頼主からのみ報酬 価格や条件に応じて粘る傾向

両手仲介の場合、成約によって得られる報酬がすべてなので、価格が多少安くても「まとまりそうな条件」に売り手を誘導した方が早く利益になるという構造的インセンティブが存在します。

たとえば、ある仲介会社が「御社の適正価格は2億円です」と売り手に提示し、実際に2.2億円で買い手が提示してきた場合、仲介者は「もう決めてしまいましょう」と急かすことがあります。しかし後日、別の仲介業者経由で同じ会社が3億円で買われていたことが判明したという実例もあります。

このような事例は、売り手にとって「価格の妥当性」を確認する手段が限られており、かつ仲介者の発言を信じてしまう構造が存在していることを意味します。

また、仲介者の中には「早く成約させれば次の案件に移れる」という営業ノルマを抱えているケースもあります。売り手の利益よりも、自分の月間成約件数を優先する文化がある会社も少なくありません。

このような状況下で、「適正価格です」と言われたら、まずは以下の点を確認するようにしましょう。

  1. その“適正価格”はどの手法で算定されているか?
  2. 価格の根拠となる将来収益予測は誰が作ったのか?
  3. 他社やFAの意見と比較したか?

中小企業庁のガイドラインでも、「仲介業者に依存しすぎず、価格や条件について複数の専門家の意見を聞くことが望ましい」と明記されています。特にセカンドオピニオンの活用は、価格誘導から自社を守る有効な手段です。

売り手としては、仲介者の言葉に流されず、自分なりの判断基準と情報源を持つことが必要です。特に以下のような対応が推奨されます。

  • 価格の上限と下限を事前に自社で決めておく
  • セカンドオピニオンとして別のFAに意見を求める
  • 「納得できる説明がない限りサインしない」姿勢を徹底する

仲介者が使う“適正価格”という言葉に安易に乗ることなく、自らの言葉で「なぜその価格で売るのか」を説明できることが、最終的に納得できるM&Aにつながります。

4. 「適正価格」という言葉が使われるシーンと目的

4.1 よくある誘導トークとその背景

M&Aの現場では、「御社の適正価格は〇〇億円です」といった言葉が頻繁に使われます。特に交渉初期や価格調整の場面では、この“適正価格”というフレーズが「説得の道具」として多用されます。

その背景には、買い手や仲介者が交渉をスムーズに進め、自分たちにとって有利な条件で成約に導きたいという意図があります。特に売り手が初めてのM&Aである場合、「適正価格」と言われると、それが絶対的な評価であると誤解してしまいがちです。

実際によくあるフレーズをいくつか挙げると、以下のようなものがあります。

  • 「この価格は会計士がDCF法で算出した“適正価格”です」
  • 「弊社で類似案件を多く扱っており、この金額が相場です」
  • 「買い手はこの価格帯でしか動かないので現実的にこれが限界です」

これらの発言は一見、客観的な説明のように聞こえますが、実際にはそれぞれの立場にとって都合がよい価格に「正当性のラベル」を貼っているに過ぎません。

このような誘導トークは、特に以下の2つのシーンでよく見られます。

  1. 初期相談時:売り手に希望価格を低めに設定させるため
  2. 価格交渉時:売り手の要求額を抑えるため

たとえば、ある案件では売り手が「最低でも3億円は欲しい」と希望していたにもかかわらず、仲介者が「上場企業の平均EBITDA倍率からみて、2.4億円が妥当です」と説明し、最終的に2.5億円での成約となりました。しかし、買い手の側ではシナジー効果を見越して4億円以上の価値を見込んでいたという後日談が残されています。

このように、「適正価格」という言葉は、単に価格を抑え込むための“説得ロジック”として機能している場面が多く存在するのです。

4.2 「適正価格」という言葉の心理効果

「適正価格」という言葉が持つ最大の力は、“納得させる力”です。このフレーズは、価格に対する疑問や抵抗感を薄れさせ、「その価格で決めるのが正しい」と思わせる効果を持っています。

特に心理的に効果的なのは、以下の3つの要素が組み合わさったときです。

  • 専門用語の活用:DCF法、EBITDA倍率など、難解な計算根拠を提示
  • 権威づけ:公認会計士や第三者機関による算定という情報
  • 比較の罠:「他社もこの価格帯で成約しています」という業界データの引用

これらが合わさることで、売り手は「自分だけが高望みをしているのでは?」と感じ、心理的な妥協をしてしまいます。

このような誘導効果は「アンカリング効果(Anchoring Effect)」とも呼ばれ、心理学でも広く知られています。最初に提示された価格が基準(アンカー)となり、その後の判断がその基準に引き寄せられるという現象です。

たとえば、以下のような例があります。

提示パターン 売り手の反応
仲介者が「2億円が妥当です」と提示 3億円を希望していた売り手が2.4億円で譲歩
買い手が「会計士の評価で1.8億円でした」と発言 売り手が根拠の確認をせずに妥協

このように、適正価格という言葉は、交渉のイニシアチブを握るための心理的ツールとして非常に強力です。実際には価格に幅があるにもかかわらず、「それ以上は高望みだ」と思わせる力を持っているのです。

中小企業庁の「中小企業のM&A支援マニュアル」においても、「価格の提示については、情報の非対称性があるため、売り手は複数の専門家の意見を比較し、慎重に検討することが望ましい」と指摘されています。

このような現実を踏まえると、「適正価格です」と言われた場合、以下のように対応するのが賢明です。

  1. 算定方法と前提条件を具体的に確認する
  2. 複数の評価方法や第三者の意見を比較する
  3. 納得できなければ安易に応じず交渉を続ける

「適正価格」という言葉は、冷静に受け止めなければ誘導されるリスクがあります。だからこそ、価格という数字に隠れた“意図”を見抜く力が、売り手には求められるのです。

5. 企業価値評価の基本と“使えない”理由(DCF・マーケット法)

5.1 DCF法・マーケットアプローチとは何か?

M&Aにおける企業価値評価の代表的な手法には、DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)とマーケットアプローチ(市場比較法)があります。これらは金融や会計の分野では「理論的に最も精緻」とされている評価方法ですが、実務の現場ではそのまま鵜呑みにするのは危険です。

DCF法は、将来のキャッシュフロー(利益のようなもの)を現在の価値に割り引いて企業価値を算定する方法です。つまり、「これからどれだけ儲かるか」を予想して、その価値を現在の金額に換算するという考え方です。一方、マーケットアプローチは、似たような上場企業の株価や取引事例をもとに、評価対象企業の価値を推定する手法です。

以下にそれぞれの特徴を簡単に整理します。

評価手法 特徴 使われる場面
DCF法 将来の利益予測に基づき価値を算定 スタートアップや成長企業、将来性重視の案件
マーケットアプローチ 上場企業や過去取引をもとに類似比較 成熟業種や業界の平均を意識する取引

一見すると合理的な手法のように思えますが、ここには大きな落とし穴があります。どちらの手法も「前提条件次第でいくらでも数字を変えられる」という主観性が強く含まれているのです。

5.2 評価手法の“主観性”と現場でのギャップ

たとえばDCF法では、5年後、10年後の売上や利益の予測を立てなければなりませんが、これらの数値は評価者の見通しや意図によって簡単に変わります。「5年後の売上が5億円」と予測するのか、「3億円」と予測するのかで、企業価値は何千万円単位で違ってきます。

また、将来利益を現在価値に割り引くために使用される「割引率」も評価者の判断次第であり、数%違うだけで算定結果に大きな差が出ます。以下は、同じキャッシュフローに対する割引率の違いによる企業価値の差の例です。

割引率 企業価値(例)
8% 3.2億円
12% 2.4億円

このように、評価モデル自体が“計算式で見せる主観”であるため、外部から与えられた「適正価格」は、あくまで「誰かにとって都合のいい価格の演出」に過ぎない可能性があります。

マーケットアプローチも同様に問題があります。比較対象となる上場企業やM&A事例を選ぶ基準は評価者の裁量で決まります。「どの企業を基準にするか」「どの年の株価を参考にするか」で、結果は大きく変わるのです。

たとえば、同じ業界の中でも以下のような選定によって結果はブレます。

  • 景気がよかった年を基準にすれば高評価に
  • 業績が落ちていた企業を比較に使えば低評価に
  • 意図的に選ばれた“似て非なる企業”を基準にされることも

このような構造的な“曖昧さ”があるため、M&A実務の現場では、「評価額=売買価格」にはなりません。多くの買い手は、DCFやマーケットアプローチの結果は「参考情報」にとどめ、自社にとってのシナジー効果やリスク・投資回収期間などをもとに、独自の判断で価格を決定します。

たとえば、ある買い手はDCF評価で2.5億円と出ていた企業に対して、「自社で活用すれば5年で投資回収できる」と判断し、実際に3億円で買収したという事例もあります。逆に、評価額が3億円だった案件でも、「うちには合わない」として1億円の提示しかされなかった例もあります。

このように、評価額とは「客観的な絶対価格」ではなく、「交渉の出発点に過ぎない」という位置づけが実情です。中小企業庁が公表する『事業引継ぎガイドライン』でも、「評価手法は複数存在し、目的や状況に応じた使い分けが重要」と明記されており、画一的な正解はないことが示されています。

そのため、売り手としては、「DCFで〇億円だから、それが適正価格です」と言われた際に、その算定根拠をしっかり確認することが必要です。以下の点をチェックしてみてください。

  1. 利益予測は誰が作成したか?(売り手自身 or 第三者)
  2. 割引率はどのように決められたか?
  3. マーケットアプローチの比較企業は妥当か?

こうした視点を持っていれば、価格交渉で一方的に不利になることを避けられます。たとえDCF評価が出されても、それを鵜呑みにするのではなく、「価格は交渉の結果である」という原則を忘れないことが重要です。

6. M&Aの価格はどう決まる?バリューと価格の違い

6.1 売り手と買い手で異なる“バリュー”

M&Aにおける「価格」は一見、客観的に決まるもののように思われがちですが、実は「バリュー(価値)」と「プライス(価格)」は別物です。しかも、バリューは売り手と買い手で全く異なる基準で見られるため、同じ会社でも見る人によって評価が大きく変わるのが現実です。

売り手が感じるバリューは、自社の歴史・苦労・地域貢献・社員への想いなど、金銭的には表現しにくい「非財務的要素」を含むことが多く、たとえば次のような主観的価値が含まれます。

  • 長年の努力で築き上げたブランドと顧客基盤
  • 信頼関係のある従業員や取引先とのつながり
  • 地域社会への貢献や事業承継の責任感

一方、買い手にとってのバリューはあくまで「買収後に自社へどれだけの経済的リターンをもたらすか」が重要で、以下のような観点で見ています。

  • 現在および将来の利益(キャッシュフロー)
  • 自社事業とのシナジー(統合効果)
  • のれん代(プレミアム)を払っても採算が取れるかどうか

たとえば、売り手が「地域密着で30年、売上2億円、利益2,000万円の安定企業」と思っていても、買い手が「自社と事業がかぶっている」「今のままでは利益成長が見込めない」と考えれば、その価値は下がって見えます。

このように、売り手と買い手でバリューの見方が異なる以上、ひとつの「適正価格」で決まるわけではなく、それぞれの立場にとっての「納得できる価格」が存在するだけです。

6.2 シナジーや思惑で価格は変動する

買い手が提示するM&A価格に最も大きな影響を与えるのは、売り手企業に対して「どれだけのシナジーがあるか」です。シナジーとは、買収によって得られる相乗効果のことです。

具体的には、以下のようなシナジーが存在します。

シナジーの種類 具体例
コストシナジー 重複人員やシステムの統合によるコスト削減
売上シナジー 既存顧客に新サービスをクロスセルできる
戦略的シナジー 新市場・エリアへの進出、競合排除

たとえば、ある物流企業が地域密着型の中小運送会社を買収する場合、配送網の拡張や既存施設との統合で劇的に効率化できるなら、他の買い手よりも高い価格を提示する可能性があります。

一方で、同じ企業を見ても、自社との重複や活用余地がなければ、価値はまったく見出せず、「1円でも高い」と感じる買い手もいるのです。

このように、M&A価格とは“買い手が感じるバリュー”に大きく依存しており、「市場での一律な相場」よりも、「買い手ごとの事情と思惑」によって変動します。

実際、中小企業庁の『中小M&Aの実態調査報告書(令和4年)』でも、「買い手ごとに提示価格の幅が大きく、価格決定の主要要因はシナジーや買い手の戦略方針にある」と明記されています。

ある事例では、2社の買い手候補が同時に入札を行い、一方は1.8億円、もう一方は3.2億円という大きな価格差が出ました。後者は売り手企業の顧客基盤を活用して新規事業を立ち上げる構想があり、「価値ある投資」と判断したため、高値での買収に至りました。

このような価格の“ぶれ幅”があることは、売り手にとって有利にも不利にも働きます。自社の価値を適切に見てくれる買い手と出会えれば高く売却できますが、早期売却や買い手選定の失敗により、本来得られたはずのプレミアムを失う可能性もあるのです。

つまり、M&A価格は「一物一価」ではなく、「買い手ごとの都合と計算」に基づいて個別に決まるものです。売り手としては、以下の3つのポイントを意識しておくとよいでしょう。

  1. 自社の強み・独自性がどの買い手に刺さるかを分析する
  2. 複数の買い手と比較検討できるよう、オープンな交渉を心がける
  3. 価格交渉では「納得できる理由」が提示されるまで妥協しない

M&Aの価格とは「市場が決めるもの」ではなく、「買い手と売り手の交渉の産物」です。そして、その前提となる“バリュー”の感じ方は人によって異なるため、「絶対的な適正価格」は存在しません。

納得のいく価格を引き出すためには、買い手側の事情や戦略をよく理解し、「自社の価値がどのように役立つのか」を的確に伝えることが最も重要なのです。

7. 「適正価格」を信じ込ませる心理戦の手口

7.1 なぜ売り手は納得してしまうのか?

M&Aの交渉において、売り手が「適正価格です」と言われて、その価格に納得してしまうことは珍しくありません。しかも、その価格が本当に妥当なのかを自ら検証する前に、無意識のうちに「正しいもの」として受け入れてしまうことが多いのです。

このような状況が起こる背景には、人間の心理を巧みに突いた“交渉テクニック”が存在します。売り手が初めてM&Aを経験する立場である場合、専門用語や理屈に圧倒され、自信を持って意見を述べられない状態になりがちです。そのため、「適正価格と言われたなら、きっとそうなのだろう」と思い込んでしまうのです。

特に次のような要素が重なると、売り手の判断力は鈍ってしまいます。

  • 専門家(仲介者や会計士)が“科学的根拠”を持ち出してくる
  • 周囲から「この価格で決めるのが妥当」と繰り返し言われる
  • 「他に買い手が現れないかもしれない」と不安をあおられる

これらは「権威バイアス」「繰り返しの刷り込み」「希少性の演出」など、心理学でも知られている説得手法です。特に、初めて会社を売る売り手にとっては、「みんながそう言うなら…」と納得してしまう大きな要因になります。

たとえば、あるIT会社のオーナーが「2億円が妥当です」と言われて納得し、すぐに基本合意に応じたという事例があります。その後、第三者のFAが再評価を行ったところ、競合他社では3億円近い価格で買収が検討されていたことが判明しました。

このように、「納得=正しい判断」とは限らず、心理的に誘導された結果として“妥協”してしまうケースがあるのです。

7.2 相手の“空気”に飲まれないための視点

では、売り手がこうした心理戦に巻き込まれないためには、どうすればよいのでしょうか。もっとも大切なのは、「価格という数字の背後にある“意図”を読み取る視点」を持つことです。

M&Aの価格交渉では、買い手や仲介者が作る「空気」によって売り手を押し切ろうとする場面が多く見られます。その空気とは、「これ以上は無理ですよ」「今がチャンスですよ」「買い手が離れますよ」といった、言外のプレッシャーです。

このような空気に対抗するためには、以下のような態度が効果的です。

  1. 価格の根拠を説明できるまでサインしない
  2. 一度持ち帰って他者の意見を聞く「間」を確保する
  3. 数字だけでなく、自分の感覚も信じる

たとえば、ある製造業のオーナーは「提示価格は1.5億円」と言われましたが、「自分がその値段で売っても納得できない」と感じ、いったん交渉を保留。その間に別の買い手と接触し、結果的に2.1億円での売却が実現しました。

また、価格提示を受けたときに「それはどんな前提で算定されていますか?」と聞き返すだけでも、相手のペースを崩すことができます。もし明確な答えが返ってこなければ、その“適正価格”は根拠が曖昧なままの「誘導トーク」である可能性が高いです。

さらに、セカンドオピニオンとして他のアドバイザーに相談することも非常に効果的です。第三者の意見を聞くことで、自分の置かれている状況を客観的に見直すことができ、「空気に流されていた」と気づけるケースもあります。

国の中小M&Aガイドラインでも、「価格交渉では、主観的な“納得感”だけでなく、複数の意見や根拠をもとに検証を行うことが重要」と明記されており、個人の直感と専門的裏付けの両方を持つことが推奨されています。

「適正価格です」という一言で納得しないためには、「それを納得させたい相手がいる」という視点を忘れずに持ち続けることが大切です。売り手にとっての真の“適正価格”とは、自分自身が心から納得し、誰かに説明できる価格であるべきなのです。

8. 売り手が取るべき価格交渉のスタンスと質問例

8.1 ブラフを見破る「質問テンプレ」

M&A交渉では、「その価格が限界です」「他に買い手はいません」といった“ブラフ(はったり)”が飛び交います。これらは売り手に早く・安く売らせたい相手側の常套手段であり、真に受けてしまうと大きく損をする結果になりかねません。

では、どうすればこうしたブラフに惑わされずに済むのでしょうか。もっとも効果的なのは、相手の主張に対して“質問を返す”ことです。特に以下のような質問テンプレートを用いることで、相手の根拠の曖昧さを炙り出すことができます。

  • 「その“適正価格”は、どんな評価手法と前提に基づいているのですか?」
  • 「それは“誰が”評価したものですか?その方の所属や立場も含めて教えてください」
  • 「その価格の妥当性を“他の買い手”や“別の専門家”も同じように評価しているのですか?」

これらの質問に対して、具体的かつ論理的な回答がなければ、その提示価格はブラフである可能性が極めて高いといえます。逆に、相手がしっかりと答えられた場合でも、少なくともその根拠を明らかにすることで、売り手側が判断材料を持てるようになります。

たとえば、ある飲食チェーンのオーナーが「この業界は評価倍率が低いので1.5億円が限界です」と買い手に言われた際、「どの企業を比較対象にして、その倍率を出しているのですか?」と質問を返しました。結果、比較対象が不適切であることが判明し、交渉の場で価格再検討に持ち込むことに成功しました。

このように、質問によって相手の論理構造を可視化することは、自らの交渉力を高める武器になります。

8.2 自信を持って交渉に臨むための考え方

交渉においては、相手の言葉に惑わされないための“マインドセット”も極めて重要です。特に売り手は、「この相手に買ってもらわなければ終わり」と思い込むと、心理的に弱くなり、相手の主張をそのまま受け入れてしまう傾向があります。

自信を持って交渉に臨むためには、以下のような考え方が有効です。

  1. 「価格交渉は対等な取引。譲歩は必要だが妥協は不要」
  2. 「売るかどうかの主導権はあくまで自分にある」
  3. 「“納得できないなら断っていい”という前提で交渉に入る」

特に重要なのは、事前に「自分が納得できる最低ライン(ウォークアウェイ・プライス)」を明確に決めておくことです。この基準がないと、交渉の中で押されて感情的に価格を下げてしまうリスクがあります。

たとえば、ある老舗メーカーのオーナーは「最低でも2億円」と決めて交渉に臨み、相手から1.6億円を提示された際も冷静に断りました。後日、別の買い手が2.4億円でオファーしてきたことで、結果的に当初希望よりも高い価格で売却することに成功しました。

また、M&A仲介者やFAに対しても「この価格でなければ売らない」と明言することで、彼らの動き方も変わってきます。明確なラインを持つ売り手には、アドバイザー側も本気で高値を狙いに行こうとする傾向があるのです。

さらに、中小企業庁の『M&A支援機関登録制度に関する報告書』では、「売り手の主体性を尊重することが信頼されるアドバイザーの条件である」と記されています。つまり、主導権を握るのは売り手であり、納得できない交渉に無理に応じる必要はないのです。

価格交渉は「論理」と「気持ち」の両方が大切です。論理では評価根拠を問い、気持ちでは自らの“納得感”を最優先にする。そのバランスを保つことで、売り手は“価格に押し切られる側”ではなく、“価格を判断する側”になれるのです。

9. 無料査定や簡易評価サービスの裏にある仕組み

9.1 仲介業者が使う「査定ビジネスモデル」

「無料で御社の企業価値を査定します」「簡易評価サービスを通じて適正価格をご提示します」――このような広告や営業トークを耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。一見親切に見えるこれらのサービスですが、その裏には仲介業者が用意した“営業導線”が隠れています。

無料査定サービスの本質は、「見込み顧客の囲い込み」です。つまり、売り手と最初に接点を持ち、早い段階で“うちと組むのが一番お得”と感じさせることで、専任契約や独占契約へ誘導しやすくする仕組みなのです。

この構造を図にすると、以下のようになります。

ステップ 業者の動き 売り手の心理状態
① 無料査定の提示 お得感を演出し、気軽に依頼させる 「とりあえず見てもらおうかな」
② “適正価格”の提示 相場感を植え付け、期待値を操作 「このぐらいで売れるのか!」
③ 専任契約の提案 「早期に売却するには専任が必要」と説得 「信頼できそうだし任せよう」

この一連の流れの中で重要なのは、査定価格に根拠があるかどうかではなく、“売り手を契約に導くための道具”として機能している点です。たとえその価格が実態にそぐわなくても、あくまで業者にとっては営業トークの一部なのです。

特に注意したいのが、無料査定で提示される価格には「根拠の開示義務」がない点です。評価手法や前提条件が不明なまま、あたかも「この価格が相場」という印象だけを植え付けられてしまうと、その後の交渉で不利に働くことがあります。

実際に中小企業庁の『中小M&Aの実態調査(令和4年)』によると、「売り手が提示された価格を妥当と感じた理由」の上位には「専門家がそう言っていたから」という回答が含まれており、価格妥当性よりも“権威性”が判断材料になっている傾向が見受けられます。

9.2 適正価格っぽい数字に惑わされない方法

では、こうした“適正価格らしく見える数字”に惑わされず、売り手として冷静な判断を下すにはどうすればよいのでしょうか。大切なのは、価格そのものよりも「どのような前提で出された数字か」に注目することです。

以下のチェックリストを参考にしてみてください。

  • その価格はDCF法・倍率法など、どんな評価手法を使っているか?
  • その手法は、自社のような規模・業種・財務構造に適しているか?
  • 前提となる利益見通しや割引率などのパラメータは誰が設定したか?
  • 他の第三者(別のFAや会計事務所)にも同様の意見を聞いたか?

仮に無料査定を活用する場合でも、そこで出された価格は「営業目的のたたき台」であると理解しておくことが重要です。本当に信頼に足るパートナーであれば、評価結果の根拠を丁寧に説明し、質問にも真摯に対応してくれるはずです。

また、複数の業者に査定を依頼する「セカンドオピニオン」を取ることで、価格の妥当性や相場感の幅も見えてきます。その際、各業者の査定価格がバラバラであった場合は、それぞれの算出根拠を比較し、自分がもっとも納得できる根拠を重視しましょう。

実際、ある飲食業のオーナーは、最初に提示された「1.2億円の簡易査定額」に違和感を覚え、他の2社にも評価を依頼。結果、評価レンジは「1.1〜2.0億円」と幅があり、最終的には別のFAを選び2.1億円での売却に成功しました。このように、価格は「言われた金額」ではなく「自分が納得できる範囲」で判断すべきなのです。

中小企業庁のM&A支援機関登録制度でも、「価格算定の透明性と売り手の理解」が重要視されており、根拠不明な価格提示によって売り手が不利益を被らないようにするためのガイドラインが整備されています。

つまり、売り手が数字に流されないためには、以下の姿勢が不可欠です。

  1. 数字の裏にある“意図”を疑う習慣を持つ
  2. 複数の視点・専門家から意見を集める
  3. 根拠が不明な価格には「NO」と言える態度を持つ

無料査定は「入り口」でしかありません。その数字に安心して判断を委ねるのではなく、冷静な視点で根拠を見極め、主導権を売り手自身が握ることが、納得のいくM&Aの第一歩なのです。

10. 結局、M&Aにおける価格とは「納得感」の勝負である

10.1 経営者の「腹落ち」が最も大切

M&Aにおいて、価格の正しさを判断する絶対的な“答え”は存在しません。どれだけ綿密な計算式や理論があっても、最終的には「経営者がその価格に納得できるかどうか」が成約の可否を左右します。これがM&Aにおける「腹落ち=納得感」の重要性です。

なぜなら、企業価値評価はあくまで“参考値”であり、価格は買い手と売り手の交渉によって決まる「相対的な合意値」だからです。つまり、計算上の「適正価格」が3億円だったとしても、売り手が4億円以上でなければ売らないと考え、買い手がそれでも買いたいと思えば、4億円で成立します。逆に、3億円という評価を見て「これは高すぎる」と感じる買い手しかいなければ、2億円台でも成立しないこともあります。

この“納得感”は、次の2つの視点から構成されます。

  • 合理性(ロジック):計算根拠や将来収益の見通し、同業他社との比較など、説明可能な背景
  • 感情(フィーリング):自社の歴史や想い、譲渡後の安心感など、数字では測れない経営者の気持ち

この2つのバランスが取れてこそ、初めて「腹落ち」した価格となり、後悔のないM&Aにつながるのです。

実際、ある老舗製造業の経営者は、3億円の提示価格に対し「合理的には合っているが、社員を託すには不安がある」として交渉を断りました。数か月後に現れた別の買い手が提示した2.8億円という金額は、数字としては低いものでしたが、「社員を大切にする姿勢」に深く共感し、最終的にその相手を選びました。「価格」だけでは測れない“納得”の典型例です。

10.2 適正価格よりも優先すべき視点とは

では、売り手が価格交渉に臨む際、「適正価格」に縛られずにどう判断すればよいのでしょうか。キーワードは「自分にとっての最適解=パーソナルバリュー」を軸に考えることです。

以下のような観点を整理しておくと、交渉のブレが少なくなります。

  1. 会社を売却する目的(資金確保?事業承継?引退?)
  2. 譲渡後に何を実現したいのか(社員の雇用維持?地域貢献?家族の安心?)
  3. 「売却価格として最低限納得できるライン」はどこか
  4. 逆に、どんな条件なら多少価格が下がっても受け入れられるか

たとえば、60代の飲食店チェーンオーナーが「今後も店舗を守ってくれる人に引き継ぎたい」と考えていたケースでは、当初提示された2.5億円の価格では「もっと高く売れるのでは」と悩んでいました。しかし、別の買い手が2.3億円で提示する際に、スタッフの雇用継続やブランド維持を明言。結果としてその買い手と成約しました。

このように、「高く売ること」よりも「後悔のない譲渡」に価値を見出すことで、“自分にとっての正解”を掴んだ例は少なくありません。

また、納得感を高めるためには、「比較」と「時間」が重要です。

  • 比較:複数の買い手やアドバイザーの意見を聞き、自分の判断基準を可視化する
  • 時間:焦らず検討することで、交渉の空気に飲まれず、自分の考えを整理できる

中小企業庁のM&A支援機関ガイドラインでも、「売り手は価格以外の価値(人材・理念の継承等)も考慮し、総合的な視点で判断すべき」と明記されており、数字の妥当性と同じくらい“納得感”が重視されていることがわかります。

結論として、M&Aにおいて本当に大切なのは「この相手・この条件・この価格なら、自分は納得して会社を託せる」と心から思えるかどうかです。逆に言えば、どれだけ高い金額でも、その背景に納得できなければ、決して良いM&Aとは言えません。

「適正価格」は“他人の基準”であり、「納得価格」は“自分の基準”です。後悔のない譲渡を目指すなら、判断軸はいつも“自分の納得感”に置くべきなのです。

まとめ

M&Aにおける「適正価格」という言葉には、売り手を誘導する意図が潜んでいることがあります。価格の妥当性を判断するうえで本当に大切なのは、理論上の数値ではなく、売り手自身の納得感です。

  1. 適正価格は主観で変動する
  2. 心理戦に乗らず冷静に判断する
  3. 価格より納得感を優先する

数字に惑わされず、自分にとって最も後悔のない選択をするためにも、信頼できる専門家の支援が不可欠です。詳しく知りたい方は、ぜひアーク・パートナーズまでお問い合わせください。

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