5億円で会社を売るには?成功するM&A準備10ステップと失敗を防ぐ実践ガイド
「会社を5億円で売りたいが、何から始めればいいのか分からない…」「準備不足で安く買い叩かれたらどうしよう」そんな不安を感じていませんか?
本記事では、そうした悩みを持つ経営者の方に向けて、5億円規模のM&Aを成功に導くための準備ステップを、実務目線でわかりやすく解説します。
■本記事を読むと得られること
- 売却準備に必要な10の具体ステップがわかる
- 手数料・契約・税金など実務の落とし穴が見える
- 5億円で売れる会社の共通条件を把握できる
■本記事の信頼性
筆者はM&Aアドバイザー歴10年以上。累計200件以上の支援実績を有し、中小企業庁登録のM&A支援機関として活動中。誠実・専門・スピードを重視したアドバイスを提供しています。
この記事を読み終える頃には、「自社を5億円で売却するために今すぐ何をすべきか」が明確になり、売却後も後悔のないM&Aに向けた第一歩を踏み出せるはずです。
3分で読める実践ガイド、ぜひ最後までご覧ください。
1.会社売却は準備がすべて|「9割」の意味とは?
売却前から勝負は始まっている
会社を売却すると聞くと、多くの方は「良い買い手と出会ってからが本番」と考えがちです。しかし、実際には買い手と出会う前の“準備段階”こそが、M&A成功のカギを握っています。なぜなら、M&Aとは「情報の信頼性」と「交渉の余地」で勝敗が決まるからです。
売却前の準備には、財務・法務・事業・人材といった多岐にわたる社内情報の整備が含まれます。これらが不完全だと、どんなに事業内容が優れていても、買い手からの評価は低くなってしまいます。つまり、資料や体制が整っていない企業は、売却の“スタートライン”にも立てていないのです。
たとえば、M&A支援機関として登録されている中小企業庁の公式資料でも「M&Aの準備期間として平均6~12ヶ月は必要」とされており、その大半が「情報整備と体制構築」に費やされています。
さらに、帝国データバンクの調査によれば、譲渡企業の約3割が「社内準備不足が原因で買い手候補との交渉が進まなかった」と回答しています。これは、準備不足が実際の機会損失に直結していることを意味しています。
会社を「高く・スムーズに」売るためには、売却活動の前にすでに戦いが始まっており、その段階で成果の大半が決まっているのです。
よくある失敗パターンとその原因
準備を怠ったまま売却に踏み切った結果、以下のようなトラブルや交渉破綻を招くケースが少なくありません。
- 買い手からの質問に即答できず、不信感を持たれる
- 未整理の財務・法務資料により、デューデリジェンス(DD)で多数の指摘を受ける
- 役員貸付金や名義株の存在が発覚し、リスク要因として評価が下がる
- 事業内容の属人化(社長依存)が原因で「引き継ぎ困難」と判断される
たとえば、実際に私が支援した製造業のケースでは、営業利益が黒字で将来性も評価されていたにも関わらず、買い手候補が財務資料の整合性に不信感を持ち、最終的に交渉が白紙となってしまいました。特に名義株や契約書の不備は、買い手にとって“地雷”と見なされやすく、初期段階での撤退要因となりやすいのです。
また、経営者個人が提供している連帯保証や、取引の一部が社長個人の口座で処理されていた例では、「ガバナンスが効いていない」と判断され、価格交渉どころか売却自体が不成立に終わることもあります。
以下のようなリスク領域を事前に棚卸し・整理しておくことが重要です。
リスク領域 | 準備不足がもたらす影響 |
---|---|
財務 | 簿外債務・貸付金が露見して買い叩かれる |
法務 | 契約書不備によりDDで指摘を受ける |
人事 | 就業規則や雇用契約が未整備で訴訟リスク |
事業 | 属人性が高く、買い手が引継ぎを懸念 |
M&Aは単なる数字のやりとりではなく、企業の中身すべてを「見える化」し、買い手に安心してもらう“信頼構築のプロセス”です。この準備を怠ると、後からどれだけ交渉力を発揮してもカバーしきれないリスクが潜んでいます。
ですから、「まだ売ると決めたわけではないから」「相手が決まってからでいいだろう」と考えて準備を後回しにすることは、結果的に売却機会の損失や条件面での妥協を招くことになります。
以上を踏まえると、M&Aにおいて「準備が9割」と言われるのは決して誇張ではなく、事実に基づいた教訓です。売却を考え始めたその瞬間から、経営者としての本当の準備がスタートしているのです。
2.まず知っておくべきM&Aの基本スケジュール
準備からクロージングまでの全体像
会社売却を成功させるには、「何を・いつまでに・どの順番でやるか」というスケジュールの全体像を事前に把握しておくことが非常に重要です。とくに5億円規模の中小企業M&Aでは、スピードと正確さのバランスが問われるため、無計画な進行ではチャンスを逃してしまうリスクが高まります。
一般的なM&Aの流れは以下のように構成されています。
フェーズ | 期間目安 | 主な内容 |
---|---|---|
①事前準備 | 1~3ヶ月 | 売却目的の明確化、専門家選定、企業価値評価、資料整備 |
②ノンネーム資料作成・買い手探索 | 1~2ヶ月 | ノンネームシート、IM作成、候補リスト作成、打診開始 |
③トップ面談・意向表明 | 1~2ヶ月 | 面談、質疑応答、買い手からの意向表明(LOI)受領 |
④デューデリジェンス | 1~2ヶ月 | 財務・法務・人事・ビジネスなどの詳細調査 |
⑤最終契約・クロージング | 1~2ヶ月 | 契約交渉、表明保証の調整、株式・資産の引渡し |
このように、スムーズに進んでも6ヶ月〜10ヶ月、慎重に進めると1年以上かかるのが一般的です。中小企業庁が公表する「中小M&Aガイドライン」でも、売却準備には十分な時間的余裕が必要であると明記されています。
特に準備フェーズでは、以下のような資料整備が必要です。
- 過去3~5年分の決算書・試算表・法人税申告書
- 契約書(賃貸・リース・販売代理・取引基本契約など)
- 従業員名簿、雇用契約、社会保険関連資料
- 許認可関係の書類、株主名簿、登記簿謄本 など
これらを整理しないまま買い手に接触すると、「準備不足」「ガバナンスに不安あり」と判断され、せっかくのチャンスが流れてしまうことになります。
また、交渉に入ると複数の買い手候補との日程調整や質疑応答、資料差し替えなどが次々に発生します。準備段階で体制を整えておくことで、売却の進行速度が保たれ、相手への印象も良くなります。
そのため、どのフェーズで何を行うかを可視化し、先回りして動く姿勢が重要です。スケジュールに遅れが出ると、それだけで買い手の熱量が冷めてしまうリスクもあるため、全体像を理解しながら慎重かつ計画的に進めましょう。
逆算思考で売却成功率を上げる
M&Aを成功に導くうえで、最も効果的な考え方が「逆算思考」です。これは、ゴール(クロージングの目標時期)を先に定め、そこから逆向きに各タスクとマイルストーンを設計していくという考え方です。
例えば、「来年の3月に売却完了したい」と目標を定めた場合、逆算すると以下のようなタイムラインが現実的になります。
- 0ヶ月目:売却の意思決定・準備開始(FA選定、資料整理)
- 1ヶ月目:バリュエーション・ノンネーム資料作成
- 2〜3ヶ月目:買い手候補リスト作成、打診・面談開始
- 4〜5ヶ月目:意向表明(LOI)取得、DD対応準備
- 6〜7ヶ月目:デューデリジェンス実施
- 8〜9ヶ月目:最終条件交渉、契約書ドラフト確認
- 10ヶ月目:最終契約・クロージング
逆算思考を活用するメリットは以下の通りです。
- 無理のないスケジュール管理ができる
- リスク発見が早期化し、対処時間を確保できる
- 買い手との調整・交渉にも余裕を持てる
- 社内体制(情報共有・意思統一)がスムーズになる
特に中小企業では、社内リソースが限られているため、複数のタスクが集中する「DD期間」や「契約交渉期間」にバタつくことが多くあります。事前に「何がいつ必要か」が見えていれば、外部専門家への依頼タイミングや、社員への説明準備なども的確に行えるようになります。
たとえば、実際に私が関与したIT企業のM&A案件では、逆算思考によって「いつまでに資料が必要か」「誰がどこを担当するか」が明確にされていたため、買い手からも「進行が非常にスムーズで安心できる」と高評価を得られました。その結果、当初の想定よりも1.2倍高い価格での成約につながりました。
また、逆算思考には「売却期限」によるプレッシャーや妥協を防ぐ効果もあります。「早く売りたいからこの条件でも仕方ない」と妥協してしまう前に、事前準備と時間の確保ができていれば、売却後に「もっと高く売れたのでは」と後悔するリスクも軽減されます。
このように、M&Aは単なるイベントではなく、「プロジェクト」です。そしてプロジェクトには必ずスケジュールと進行管理が必要です。逆算思考を導入すれば、その全体を俯瞰しながら、的確なタイミングで正しい行動が取れるようになります。
これからM&Aを検討するすべての経営者にとって、「売ると決めてからでは遅い」のです。早い段階で逆算によるスケジュール設計を始めておくことが、5億円の売却を“悔いのない成功”に導くための第一歩になると言えるでしょう。
3.【10のステップ】5億円売却を実現する準備リスト
(1) 売却目的の明確化
会社を5億円で売却するための最初のステップは、「なぜ売るのか?」という売却目的を明確にすることです。この目的設定が曖昧なままだと、売却プロセスの途中で方針がブレたり、買い手との意思疎通が噛み合わず、結果として条件交渉や成約自体に支障が出る可能性があります。
売却の目的は経営者によって様々ですが、大きく分けて以下のようなケースがあります。
- 後継者不在による事業承継型M&A
- 創業者利益の確定(キャッシュアウト)
- 新事業への再投資・第二創業への転身
- 業界再編への対応・競争激化による撤退
- 自社単独では難しい成長スピードを買い手と共に加速したい
中小企業庁が2023年に公開した「中小M&A実態調査報告書」によれば、M&Aを検討した企業の約40%が「後継者不在」を理由に売却を検討し、約30%が「創業者利益の確保(引退)」を主な目的に挙げています。このように、明確な動機があることは、買い手にとっても納得感を持って交渉を進めやすくなるポイントです。
さらに、売却目的が明確になることで、以下の判断がスムーズに行えるようになります。
判断ポイント | 売却目的との関連 |
---|---|
どのような買い手が望ましいか | 事業承継重視なら同業、利益確保ならファンドも選択肢 |
経営者が売却後も残るべきか | 引退希望なら完全引継ぎ、第二創業型なら一定期間残留も可 |
社員や顧客への影響の捉え方 | 文化継承を重視するか、成長性を優先するか |
実際に、私が支援した地方の老舗製造業では、「社員と地域への貢献を残したい」という強い売却目的を持っていた社長が、あえて全国展開する大手企業ではなく、地域密着型の同業に譲渡しました。結果的に、従業員の雇用はすべて維持され、顧客との取引もそのまま継続。譲渡価格は少し下がったものの、「理想的なバトンリレーができた」と社長は非常に満足されていました。
このように、単に「高く売れればよい」という金銭的な視点だけでなく、売却後の「自社の未来」「社員の行き先」「経営者自身の生き方」まで含めて、どのようなゴールを目指すのかをしっかり言語化することが大切です。
また、売却目的を言語化する際は、パートナーであるM&Aアドバイザーに共有することも忘れてはなりません。目的が明確であればあるほど、アドバイザーは「社長にとって最も良い買い手」のマッチング精度を高めることができます。
売却目的は、M&Aの「設計図」にあたる極めて重要な要素です。これが定まっていない状態で進めてしまうと、交渉が長期化し、買い手に不信感を与えかねません。売却を意識した段階で、まず「なぜ売るのか?」を紙に書き出し、自分の言葉で語れるようにしておきましょう。
(2) 売却スケジュールの設計
会社を5億円で売却するには、いつ何をするべきかを具体的に見える形にしておく必要があります。そのために重要なのが「売却スケジュールの設計」です。これを怠ると、準備が間に合わずに交渉が中断したり、希望のタイミングでクロージングできなかったりする恐れがあります。
売却スケジュールの基本は「ゴールから逆算する」ことです。たとえば、「1年後に売却を完了させたい」という目標があるなら、逆算して各フェーズにどれだけの時間がかかるのかを割り出す必要があります。
フェーズ | 目安期間 | 内容 |
---|---|---|
事前準備 | 2〜3ヶ月 | 目的の整理、専門家選定、資料整備、企業価値評価など |
買い手探索 | 1〜2ヶ月 | ノンネーム資料作成、買い手候補への打診 |
トップ面談・意向表明 | 1〜2ヶ月 | 面談、条件調整、意向表明(LOI) |
デューデリジェンス | 1〜2ヶ月 | 買い手による詳細調査(財務・法務・人事など) |
最終契約〜クロージング | 1ヶ月程度 | 契約書締結、譲渡実行 |
このスケジュールを現実的に見積もることは、売却の成功率を高めるうえで非常に重要です。中小企業庁が公表する「中小M&Aガイドライン」によると、M&Aの準備〜成約までには平均6ヶ月〜1年程度の時間がかかるとされています。
スケジュールを設計する際には、以下のような要素も加味する必要があります。
- 自社の決算期(タイミングによっては資料が更新される)
- 税務上の都合(譲渡益課税の申告タイミングなど)
- 代表者の体調や引退希望時期
- 買い手企業の予算編成期・投資判断スケジュール
たとえば、ある小売業のケースでは「年度内に譲渡したい」という希望があったにもかかわらず、専門家選定に時間がかかり、資料整備も間に合わず、結果として買い手の決算タイミングとズレてしまったため、最終合意が次年度に持ち越されてしまいました。これにより、当初予定していた価格交渉も一からやり直しになってしまったのです。
逆に、別の製造業のケースでは、「1年後の3月末にクロージング」というゴールを設定し、そこから各フェーズを明確に区切って進行した結果、買い手選定やデューデリジェンスが非常にスムーズに運び、予定どおりに譲渡が完了しました。このように、時間を武器に変えるためには「逆算型のスケジュール設計」が不可欠です。
なお、スケジュールを設計する際には、関係者の予定やリスク要因も織り込んで「余白」を持たせることが重要です。以下はそのためのポイントです。
- 各フェーズ間に緩衝期間(1〜2週間)を設ける
- 資料提出や契約交渉などのタスクは複数の担当者で分担する
- 弁護士や会計士が繁忙期になる前に相談を開始する
スケジュールの設計は単なる「日付調整」ではなく、経営者としての戦略構築でもあります。買い手の検討スピードに合わせる柔軟性と、自社としての譲れないリズムの両方を意識することが、良いタイミングでの売却につながります。
最終的には、スケジュールを「紙に書き出す」「社内で共有する」「M&Aアドバイザーとすり合わせる」という3ステップを徹底することが大切です。これにより、社内外の連携がスムーズになり、交渉に集中できる環境が整います。
売却スケジュールはM&Aの「設計図」であり、成功するための「時間戦略」です。早めに動き出すことで、売り急ぎの失敗や機会損失を防ぎ、5億円の価値を正当に評価してもらえる可能性が高まります。
(3) 専門家(FA・弁護士・税理士等)の選定
会社を5億円で売却するためには、経営者一人での対応は不可能です。M&Aは「専門領域の集合体」であり、財務・法務・税務など多岐にわたる知識と経験が必要となります。そのため、信頼できる専門家を早期に選定し、チームとして売却活動に臨むことが成功への前提条件となります。
売却に関与すべき主な専門家は、以下のとおりです。
専門家 | 主な役割 |
---|---|
FA(ファイナンシャル・アドバイザー)またはM&A仲介会社 | 買い手探索、条件交渉、スケジュール管理、資料作成支援 |
弁護士 | 契約書の作成・レビュー、法務デューデリジェンス対応 |
税理士・会計士 | 企業価値評価、譲渡スキームの設計、税務面での助言 |
中小企業庁の「M&A支援機関登録制度」では、これらの専門家に一定の実務経験を求めており、登録された支援機関を活用することで補助金対象になる場合もあります。特に中堅中小企業のM&Aにおいては、FAや仲介会社の「担当者の質」が成否を大きく左右します。
FA・仲介会社を選ぶ際に重視すべきポイントは以下の通りです。
- 担当者がM&Aの実務経験を豊富に持っているか
- 過去の成約実績(同業界・同規模)があるか
- クロージングまで支援する体制が整っているか
- 売り手の立場に立った助言をしてくれるか
- 手数料体系が明確で、契約書に不明点がないか
たとえば、手数料が安いからという理由だけで仲介会社を選んだ結果、担当者が若手の営業職で、実務の支援はほぼ行われなかったというケースもあります。結果として、買い手との交渉が思うように進まず、意向表明が取り下げられてしまいました。
一方で、ある飲食業のM&A案件では、業界経験のあるベテランFAを早期に選定したことで、買い手への訴求資料(IM)が的確に整備され、買い手からの信頼を獲得。最終的には競争入札の形で複数社から好条件の提案を受け、当初の希望額を上回る価格での成約に成功しました。
弁護士と税理士の選定も同様に重要です。特に弁護士は「M&A契約書に詳しいこと」が必須条件です。顧問弁護士が必ずしも適任とは限らず、場合によってはM&A専門の法律事務所を紹介してもらうことも検討しましょう。
税理士についても、M&Aにおける株式譲渡・事業譲渡・合併・分割などの税務処理や、譲渡所得課税・退職金活用・持株整理などの「節税提案」ができる人材を選ぶ必要があります。たとえば、「売却直前に退職金を支払って課税対象を圧縮する」など、売却後では間に合わない対策も多いため、早い段階で相談することが望ましいです。
複数の専門家を連携させるうえで、FAや仲介会社が「ハブ」となって全体を調整できる体制があると、プロジェクトは格段にスムーズになります。したがって、「個人ではなくチームで戦う」という意識を持って、信頼できるパートナー選びを進めましょう。
最後に、専門家と契約する際は、「契約書をしっかり読み込み、不明点は必ず質問する」ことが基本です。とくに仲介契約では、手数料の支払条件やテール条項(契約終了後の対象期間)などを見落とすと、思わぬトラブルにつながる恐れがあります。
M&Aは専門性が高い分野だからこそ、適切な専門家を早期に選び、信頼関係を築きながら伴走してもらうことが、5億円規模の売却を成功に導くカギなのです。
(4) 自社の現状分析と企業価値評価
会社を5億円で売却するためには、「自社の価値を正しく理解すること」が極めて重要です。なぜなら、買い手は将来の利益やリスクを数字で評価するため、経営者自身がそのベースとなる自社の強み・弱みを把握していなければ、交渉の土俵にすら立てないからです。
まずは、以下の3つの視点で現状を整理することから始めましょう。
- 財務的な健全性(利益構造、資産負債バランス)
- ビジネスモデルの競争優位性(取引先、商品力)
- ガバナンス・組織体制の整備状況(社長依存度、内部管理)
これらを踏まえた上で、客観的な価値評価(バリュエーション)を実施します。中小企業のM&Aでは、以下の2つの方法が主に使われています。
評価手法 | 概要 | 算定例(参考) |
---|---|---|
EBITDA倍率法 | 営業利益+減価償却費に業種ごとの倍率をかけて算出 | EBITDA5,000万円 × 業種倍率7倍 = 3.5億円 |
年買法(のれん代込み) | 営業利益に2〜5年分の年数倍率をかけて算出 | 営業利益4,000万円 × 4年 = 1.6億円 |
国が推奨する「中小M&Aガイドライン」でも、EBITDA倍率法が実務的かつ合理的な評価手法とされており、特にファンドや上場企業などが買い手となる場合は重視されやすいです。
ただし、企業価値=売却価格ではありません。最終的な売却価格には、以下のような要因が加味されます。
- 買い手が得られるシナジー(販路、技術、人材)
- 将来の成長性(市場規模、サービス展開余地)
- リスク(訴訟リスク、依存先の集中、代表者依存など)
たとえば、過去に私が関わった印刷業の案件では、業績だけを見ると3億円程度の評価だったにも関わらず、買い手が「全国展開の足掛かりになる」と判断し、最終的に4.5億円の価格で成約に至りました。これはまさに「戦略的価値」が価格に上乗せされた好例です。
一方で、財務上は黒字だったにも関わらず、「社長がいないと何も進まない」「契約書が口約束で残っていない」といった理由から、買い手がリスクを懸念し、価格が大幅に下がったケースもあります。このように、会社の価値は単なる数字ではなく、体制・信頼性・仕組みの有無によって大きく変動します。
現状分析に取り組む際は、以下のような診断表を使うと便利です。
チェック項目 | Yes/No |
---|---|
3期連続で黒字が出ている | Yes / No |
売上の依存先が1社に偏っていない | Yes / No |
社長が不在でも業務が回る体制がある | Yes / No |
定款や就業規則などが整備されている | Yes / No |
商品・サービスに独自の強みがある | Yes / No |
このようなチェックリストを活用し、FAや税理士と連携しながら「企業の価値を客観的に見える化」しておくことが、買い手に対して信頼性をアピールするうえで大きな武器になります。
企業価値評価は、交渉の「基準値」であり「交渉力の根拠」です。数字を元に冷静な交渉を行うためにも、早い段階での評価は必須です。また、必要に応じて複数手法を併用し、最も妥当な価格帯を見極めることが重要です。
売却成功の第一歩は、他人の目で自社を見る「客観性」を持つことです。そのためにも、自社の価値を数値と仕組みの両面から見直し、買い手に対して納得感のある説明ができるよう備えておきましょう。
(5) 必要書類の整備
会社を5億円で売却するためには、「必要書類の整備」が極めて重要です。なぜなら、M&Aにおける買い手の意思決定は、主に提出された資料に基づいて行われるからです。資料が整っていないと、買い手からの信用を損ない、交渉がストップすることもあります。
買い手が確認する書類は、財務・法務・人事・事業など、会社のあらゆる面にまたがります。つまり、書類とは「会社の中身そのもの」であり、丁寧に整理・提出することは、信頼構築の第一歩なのです。
以下は、M&Aにおいて整備が求められる主な書類群です。
分類 | 主な書類 | 確認の目的 |
---|---|---|
財務関連 | 直近3〜5年分の決算書、月次試算表、法人税申告書、資金繰り表 | 業績の安定性、収益性、債務超過の有無など |
法務関連 | 登記簿謄本、定款、株主名簿、各種契約書(賃貸・取引・業務委託等) | 契約リスク、法的トラブル、株式の権利状況など |
人事・労務関連 | 従業員名簿、雇用契約書、就業規則、社会保険関連書類 | 労務リスク、人件費構造、退職金債務など |
事業・営業関連 | 主要取引先リスト、商品・サービス概要、許認可証、営業報告書 | ビジネスモデルの把握、継続性、業界ポジション |
中小企業庁の「中小M&A推進施策」によると、M&Aにおける重要な課題の一つが「書類整備不足によるデューデリジェンスの長期化」とされています。特に中小企業では、決算書や契約書が紙でバラバラに保管されていたり、雇用契約書が存在しなかったりすることが少なくありません。
実際に、私が支援した製造業のM&Aでは、3年間の試算表のうち1年分が紛失していたため、買い手から「データが不完全で信頼できない」とされ、価格交渉で1,000万円以上ディスカウントされてしまいました。一方で、別の飲食業の案件では、データがクラウド上で体系的に管理されており、「こんなに整った中小企業は珍しい」と買い手の信頼を獲得。結果、当初の希望価格通りに成約しました。
必要書類の整備においては、次のような準備のステップが効果的です。
- 書類の棚卸しを行い、漏れや欠損を確認
- スキャン・PDF化などによるデジタル管理の推進
- 不備や更新が必要な書類(定款、就業規則など)の整備
- FAや顧問士業との情報共有・レビュー依頼
また、買い手に提出するための「ノンネームシート」や「IM(インフォメーション・メモランダム)」の作成も非常に重要です。ノンネームは買い手に初期段階で概要を伝える資料で、IMは詳細情報を整理した冊子です。これらのクオリティが買い手の興味を左右するため、FAや仲介会社と連携し、わかりやすく整理しましょう。
以下は、ノンネームとIMに含める主な内容です。
資料 | 内容 |
---|---|
ノンネームシート | 業種、エリア、規模感、ビジネスモデル、収益の概要、売却理由 |
IM | 企業概要、業績推移、組織構成、取引先、設備一覧、経営者プロフィール、将来展望など |
ノンネームやIMは、単に情報をまとめるだけでなく、買い手に対する「会社の魅力のプレゼン資料」として機能します。そのため、正確性・信頼性に加えて「読みやすさ」「一貫性」も重視されます。
資料整備は地味な作業に見えるかもしれませんが、M&Aでは「資料の質=企業の印象」となるケースがほとんどです。5億円という大きな金額で売却するなら、書類の精度と整備状況で“信頼残高”を積み上げる意識が欠かせません。
資料が整っていれば、買い手側のデューデリジェンス期間も短縮され、交渉が円滑に進みます。また、社内外の関係者にも「しっかりした会社」という印象を与えることができ、M&A全体の成功率を高めることにつながります。
必要書類の整備は「相手の信頼を得るための第一歩」です。面倒に感じるかもしれませんが、後になってからでは遅いのがこの工程です。売却を意識した段階で、早めに取り掛かることを強くおすすめします。
(6) 財務・法務・事業のリスク整理
会社を5億円で売却するうえで、どれだけ利益が出ていても、財務・法務・事業面にリスクが残っていると、買い手は躊躇します。買い手にとってのM&Aは「リターン」と「リスク」のバランスを測る投資行為です。リスクが高いと判断されれば、提示される価格が下がるどころか、交渉そのものが白紙に戻ることもあります。
したがって、売却前に自社のリスクを洗い出し、整理・解消しておくことが非常に重要です。これは「身辺整理」とも呼ばれる工程で、企業としての“見た目”を整える作業でもあります。
代表的なリスクとその対応策は以下の通りです。
リスク項目 | 内容 | 対応策 |
---|---|---|
役員貸付金 | 社長が会社に貸し付けた資金が貸借対照表に残っている | 売却前に返済、もしくは整理してゼロにする |
名義株 | 実質的に社長の持株だが、他人名義になっている | 譲渡前に名義を正しく修正する |
社長による連帯保証 | 借入金に社長個人が保証人となっている | 金融機関と交渉し、買い手への移行や解除を検討 |
属人業務 | 社長や特定社員しか分からない業務がある | マニュアル化・業務の仕組み化を行う |
契約書の不備 | 主要取引先との契約が口約束、文書がない | 書面化し、押印・保管体制を整備 |
特に中小企業では、「慣習で回っている業務」や「社長の頭の中にしかないノウハウ」が多く見られます。こうした状態では、買い手は「引き継げない=価値が不透明」と判断し、価格を下げるか取引自体を敬遠します。
中小企業庁が公表した「事業引継ぎ支援の実態調査」によると、M&A成約を妨げた原因として「不透明な財務・契約情報」「業務属人化」が上位に挙げられています。これは裏を返せば、「整理できれば成約率と価格が上がる」ことを意味します。
たとえば、私が関与した介護系事業のM&Aでは、経理担当が全てExcel管理しており、売上や費用の集計に誤差が多く見られました。また、主要取引先との契約も口頭で済まされていたため、買い手から「リスクが高すぎる」と判断され、最終的には買収を見送りとなってしまいました。
一方、ある製造業のクライアントでは、売却に先立って「役員貸付金の精算」「就業規則の見直し」「社長の保証の解除」などを半年かけて実施しました。結果、買い手のデューデリジェンスでも大きな指摘事項はなく、スムーズにクロージングまで進むことができました。
リスク整理のプロセスは、以下のステップで進めると効率的です。
- FAや顧問税理士・弁護士と共にリスク洗い出し
- リスクを定量評価(財務・法務のインパクト)
- 優先順位をつけて改善・整理を実施
- 改善内容はIM資料や契約書案に反映
また、買い手が一番懸念するのは「隠されたリスク」です。つまり、「見えていない=不誠実」という印象を与えると、金額交渉以前に信頼を失ってしまいます。そのため、リスクを完全にゼロにできなくても、「把握していて、対応策を講じている」ことを示すことが極めて重要です。
デューデリジェンスでの指摘は避けられない部分もありますが、あらかじめ準備されている企業と、何もしていない企業では、その後の対応の印象が大きく変わります。
リスク整理とは、「過去のツケを未来に持ち越さない作業」です。会社の信用を可視化し、安心して引き継げる体制を示すことで、5億円という価格の妥当性を裏付ける説得力につながります。
(7) 売却条件の優先順位整理
M&Aを進めるうえで「いくらで売るか」だけを重視してしまうと、後悔の残る結果になることがあります。なぜなら、M&Aは金額だけでなく、さまざまな条件が絡み合う複雑な取引だからです。そのため、売却前に「自社にとって譲れない条件」と「妥協できる条件」を明確にし、優先順位を整理しておくことが重要です。
具体的に整理すべき代表的な条件は、以下のような項目です。
条件項目 | 考慮ポイント |
---|---|
売却金額 | 希望価格と下限ラインを明確に設定する |
支払い方法 | 一括か分割か、現金か株式交換か |
従業員の雇用維持 | 雇用継続・待遇維持・転籍の有無 |
自社ブランド・取引先の継続 | 社名、商品名、主要顧客との関係性の維持 |
社長の残留期間 | 売却後に何年残るか、すぐ引退するか |
オフィスや工場の継続使用 | 現施設の利用を継続できるかどうか |
たとえば、創業者利益(キャッシュアウト)を最優先するのであれば「金額・一括払い」を重視すべきです。一方で、従業員や企業文化を守りたいのであれば、「雇用の継続」や「買い手の企業風土」を重視する必要があります。
過去に支援した印刷会社のM&Aでは、社長が「社員の雇用を守ること」を第一に掲げ、条件面では多少の譲歩をして、社員と文化の継承を約束してくれる同業の買い手を選びました。結果として、社員の離職はゼロ、取引先も継続され、満足度の高い譲渡となりました。
逆に、「価格だけ」に固執したケースでは、売却後に社名やサービスが大きく変わり、社員が離職し、社長も関係者からの批判を受けて精神的に疲弊する…という事態も起きています。このように、条件の整理を怠ると、目先の金額を得ても「M&Aが失敗だった」と感じることになりかねません。
優先順位の整理にあたっては、以下のワークシートのように「絶対条件/希望条件/妥協可能条件」の3段階で分けて書き出すと明確になります。
区分 | 内容 |
---|---|
絶対条件 | 従業員の雇用継続(最低2年間)/社長の即時引退/希望金額4億円以上 |
希望条件 | 本社の継続使用/ブランドの維持/地元企業への承継 |
妥協可能条件 | 一部の業務委託化/分割払い(半年以内)/社長のアドバイザー残留 |
このように整理しておけば、交渉段階で迷わずに判断でき、またアドバイザーにも方針を伝えやすくなります。
さらに、希望条件は書面にまとめておくことで、「基本合意書」や「最終契約書」の交渉時にも役立ちます。FAや弁護士と共有しながら、早い段階から優先順位を共通認識にしておくと、条件のぶれや誤解を防げます。
なお、条件の一部は交渉を通じて変化する可能性もありますが、「譲れない軸」があることで、自社にとって最も後悔のない意思決定ができます。
M&Aは人生を左右するイベントであり、単なる「取引」ではなく「引き継ぎ」です。その引き継ぎを、何を守り、何を託し、何を受け取るかを整理することこそが、成功への準備と言えるでしょう。
(8) 想定買い手のリストアップ
会社を5億円で売却するためには、「誰に売るか」をあらかじめ想定しておくことが極めて重要です。売却活動は買い手が現れてから始めるものではなく、どのような相手に売りたいかを自社で描き、それに応じた準備をすることで、交渉の主導権を握ることができます。
買い手は大きく分けて以下の4つのタイプに分類されます。
買い手の種類 | 特徴 | メリット・注意点 |
---|---|---|
同業他社(水平統合) | 同業種・近いビジネスモデルを持つ企業 | 相乗効果が高く、スピーディに引継ぎやすい/競合になる可能性あり |
異業種(多角化戦略) | 異なる業種から新規参入を狙う企業 | 新市場開拓のチャンス/業界理解が浅く統合リスクがある |
投資ファンド | 企業の価値を高め、将来売却することを目的とする機関投資家 | スピード感・資金力あり/短期利益志向・出口戦略がある |
海外企業 | 国外から日本市場への進出・拡大を狙う企業 | 高評価を得やすい/文化・商習慣の違いが課題 |
たとえば、社長が「雇用の維持」や「文化の継承」を重視するのであれば、同業他社や地元企業が適しています。一方で、「短期間での資金回収」や「急成長を狙う」場合は、ファンドや異業種への売却が有効な場合もあります。
実際に、私が支援したシステム開発会社の案件では、従業員のスキルや案件が属人的だったため、「教育制度のある大手ITグループに引き継ぎたい」との意向を持っていました。そのため、最初から買い手候補を「大手SIer」に絞って打診し、結果として「人材への投資を惜しまない」上場企業への譲渡が実現しました。
一方、買い手を明確に想定せず、「良いところがあれば売りたい」と進めたケースでは、買い手選定の軸が定まらず、複数社と同時に交渉しても決定打が出ず、結果として時間と信頼を失うことになった例もあります。
買い手候補をリストアップする際のポイントは以下の通りです。
- 業界・地域・規模での親和性(シナジー)を考える
- 将来のビジョンが自社と一致しているか
- 買収実績の有無(M&A慣れしているか)
- 社風・理念・従業員に対する姿勢
- 資金力や意思決定スピード
このリストは「公開されている会社情報」「同業界のM&Aニュース」「FAや仲介会社のネットワーク」などを通じて整理していきます。必要に応じて、買い手に関するリサーチ資料や業界マップを作成すると、より的確な候補抽出が可能です。
また、リストアップは一度きりではなく、売却プロセス中に買い手の反応を見ながら柔軟に見直していくことが大切です。初期は10〜30社程度を想定し、打診後に絞り込んでいく形が一般的です。
以下は、想定買い手をリスト化するためのサンプルテンプレートです。
企業名 | 業種 | 想定メリット | 懸念点 |
---|---|---|---|
ABCホールディングス | 同業(製造業) | 販路・設備の統合 | 吸収後に社名が残るか不安 |
XYZキャピタル | ファンド | 再成長支援・スピード感 | 短期での再売却の可能性 |
買い手のイメージが明確であればあるほど、「資料の作り方」「交渉スタイル」「アピールポイント」も変わってきます。たとえばファンド相手には、EBITDAや成長性のストーリーが重要ですし、同業にはシナジーと引継ぎ体制が鍵となります。
つまり、想定買い手のリストアップは、単なる候補抽出ではなく、「誰に、どんな価値を、どう伝えるか」の戦略設計そのものなのです。
これを怠ると、せっかくの魅力が伝わらず、買い手からも「方向性が見えない」「本気度が感じられない」と評価されてしまう可能性があります。
自社にとって「理想の後継者像」を描き、その実現に向けて戦略的に候補を選定していくことが、5億円規模の売却成功に向けた極めて重要な準備工程となります。
(9) 契約交渉時の注意点
M&Aの売却交渉では、価格や買い手との相性も重要ですが、「契約書の中身」を正しく理解し、慎重に対応することが最も重要です。なぜなら、最終的な法的拘束力を持つのは「契約書」であり、ここでの不備が後々のトラブルに直結するからです。
契約交渉の段階では、次の3つの契約フェーズが存在します。
- 基本合意書(LOI)
- 最終契約書(SPA:株式譲渡契約書など)
- クロージング(譲渡実行)
このプロセスの中で、売り手が特に注意すべきポイントを整理すると以下のようになります。
項目 | 概要 | 売り手が注意すべきこと |
---|---|---|
表明保証(Reps & Warranties) | 売り手が「自社には重大な問題がない」と保証する条項 | 虚偽記載や見落としがあると、損害賠償リスクが発生 |
競業避止義務(Non-Compete) | 一定期間・地域で同業の事業をしてはいけないという制限 | 期間や地域の広さを確認し、将来の事業に制約が出ないようにする |
ロックアップ条項 | 売却後も一定期間は会社に残る契約 | 関与期間・役割・報酬などを明確にする |
クロージング条件 | 譲渡実行に向けた前提条件(許認可の承継など) | 条件の履行可否を事前にチェックし、タイムラインを調整 |
たとえば、ある美容関連企業のM&Aでは、「表明保証」を軽視していたため、売却後に未申告の税務リスクが発覚。買い手から訴訟を起こされ、結果的に売却代金の一部を返還する事態となりました。これは、売り手が自社のリスクを正確に把握せず、契約上で明示しなかったことが原因です。
また、競業避止義務についても、「エリア:日本全国、期間:5年」という厳しい条件を無意識に受け入れてしまい、次に予定していた新規事業が始められなくなってしまった例もあります。
これらを避けるためには、契約交渉に入る前から以下の準備を進めることが有効です。
- 弁護士と契約内容の事前確認
- 譲渡価格以外の譲れない条件の整理
- 売却後の人生設計と照らし合わせた契約チェック
なお、買い手との交渉は、金額だけでなく「信頼」がベースになります。すべてを契約でガチガチに固めようとすると、関係が悪化して破談になることもあります。重要なのは、「信頼関係を前提に、リスクをフェアに分担する」姿勢です。
たとえば、ある物流会社の売却では、売り手と買い手の双方で「表明保証の対象範囲」と「損害賠償の上限」を事前にすり合わせし、お互いに納得した条件で契約を締結しました。その結果、売却後も買い手との関係は良好で、旧経営陣が顧問として継続的に協力し、企業価値をさらに向上させる結果となりました。
契約交渉において重要な心得は次の通りです。
- 譲渡金額だけでなく、契約条項全体を見て総合判断する
- 表明保証・競業避止義務は、専門家の助言をもとに慎重に検討する
- 買い手との信頼関係を築きながら、公平な条件を探る姿勢を持つ
最終契約書の1文が、将来の数千万円〜数億円の違いを生むこともあります。だからこそ、契約交渉の段階では、弁護士のサポートを受けながら、ひとつひとつの条項を丁寧にチェックし、自社と関係者を守るための「最後の砦」として機能させるべきです。
5億円という大きな金額をやりとりするM&Aにおいては、「契約がすべてを決める」といっても過言ではありません。金額交渉と同じ熱量で、契約内容の確認・交渉にも全力を尽くしましょう。
(10) 売却後の税務・社員対応・関与方法
会社の売却はクロージング(契約完了)で終わりではありません。むしろ、売却後にこそ「経営者としての最後の責任」が問われます。特に、税金の納付・社員や取引先への対応・自身の今後の関与方針について、事前に準備をしておかないと、売却後にトラブルや後悔が生まれてしまいます。
1. 税務:譲渡益への課税と納税準備
まず必ず確認しておきたいのが、売却によって発生する「譲渡所得税」です。株式譲渡の場合、売却益(売却額−取得費−必要経費)に対して約20.315%の税金が課されます。
たとえば、株式を5億円で売却し、取得費が1億円であれば、課税対象は4億円。つまり、税金はおよそ8,126万円にもなります。
この税金は原則として「翌年3月15日までに一括で納付」しなければなりません。そのため、売却代金の一部をそのまま納税資金として確保しておく必要があります。
また、税務上の対策としては以下のような手法があります。
- 退職金の支給(退職所得扱いで税率軽減)
- 持株会社化による法人税制の活用
- 配偶者・子への株式移転と相続対策
こうした節税策は「売却前」にしか有効でないものが多いため、必ず早い段階で税理士に相談しましょう。
2. 社員・取引先への説明と信頼形成
社員や取引先にとって、M&Aは「急な変化」として不安材料になります。説明が後手になると、「どうなるか分からない」という心理が広がり、退職・取引停止といった事態に発展することもあります。
そのため、売却の正式決定後は、誠意ある説明を行うことが何より重要です。
- 社員説明会を開催し、「給与・雇用条件は当面維持される」ことを明確に伝える
- 新経営陣の紹介を行い、経営ビジョンの共有を図る
- 主要取引先へは社長自ら個別に報告し、信頼関係の継続を訴える
過去に支援した建設業のM&Aでは、社長が「売却後も責任を持って説明する」というスタンスを徹底し、結果的に社員の離職はゼロ、取引先からの信頼も維持されました。このように、売却後の混乱を防ぐためには、「誰に、いつ、どう伝えるか」を事前に設計することが大切です。
3. 売却後の関与方法と「引き際」の設計
売却後、社長がどのような立場で残るかも重要な検討ポイントです。大きく分けて、以下のパターンがあります。
関与形態 | 特徴 | 向いているケース |
---|---|---|
完全引退 | クロージング後すぐに退任 | 後継体制が整っており、買い手が自走できる場合 |
顧問契約 | アドバイザーとして一定期間残る | 買い手が業界理解・経営ノウハウを引き継ぎたい場合 |
役員として残留 | 新体制の一員として実務も担当 | 事業承継型で徐々に引き継ぎを行う場合 |
たとえば、後継者候補が社内にいない場合や、買い手が業界未経験である場合は、一定期間社長が関与し、引き継ぎをサポートすることが望ましいです。
ただし、「いつまで残るか」「どのような役割か」「報酬はいくらか」といった点を契約書で明確にしておかないと、買い手との関係があいまいになり、トラブルになるリスクもあります。
また、「いつか引退する」と言いながら、口を出しすぎることで買い手側の改革が進まなくなるケースもあります。自社の未来を託す以上、ある時点で潔く“手放す”覚悟も必要です。
まとめ:売却後もM&Aの一部
M&Aは「契約がゴール」ではなく、「引継ぎがスタート」です。税務・社員・関与方法といった売却後の対応こそが、買い手との信頼を築き、会社の未来を守るための鍵となります。
5億円規模の売却を成功させるには、受け取る金額だけでなく、「引き継ぐ責任」にも目を向けることが欠かせません。人生の一大イベントを円満に終えるために、売却後の設計まで含めて、しっかりと準備を進めましょう。
4.株式譲渡と事業譲渡の違いと選び方
それぞれのメリット・デメリット
M&Aで会社を売却する際には、「株式譲渡」か「事業譲渡」かというスキームの選択が非常に重要になります。両者には明確な違いがあり、それぞれにメリットとデメリットが存在します。どちらを選ぶかによって、手続きの手間・税金・リスクの範囲・引継ぎのしやすさなどが大きく変わってきます。
以下に、株式譲渡と事業譲渡の代表的な違いをまとめます。
項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
---|---|---|
売却対象 | 会社の「株式」そのもの | 会社が持つ「一部または全部の事業」 |
会社の存続 | 会社はそのまま存続 | 売却後、場合によっては清算 |
契約や資産の引継ぎ | 原則すべて自動的に引き継がれる | 契約・資産ごとに個別に移転手続きが必要 |
手続きの煩雑さ | 比較的簡便 | 手続きが複雑(登記、契約変更など) |
税務上の扱い | 譲渡所得として20.315%課税(原則) | 法人税+消費税がかかる可能性がある |
リスクの移転範囲 | 過去の債務・トラブルも引き継がれる | 基本的に売却した資産・契約に限定される |
このように、株式譲渡は「会社ごと引き継ぐ」スキームであるのに対し、事業譲渡は「会社の中の特定の部分だけを譲渡する」イメージです。一般的には、売り手にとっては手間が少なく有利なのが株式譲渡、買い手にとってはリスクの限定が可能な事業譲渡が好まれる傾向にあります。
たとえば、私が支援した飲食チェーンの売却では、買い手が「店舗や従業員は引き継ぎたいが、会社としての過去の債務や訴訟リスクは避けたい」という方針であったため、個別契約の煩雑さを受け入れて「事業譲渡」が採用されました。
一方、製造業のM&Aでは、設備、取引契約、人材、許認可が一体で動くことから「まとめて引き継げる株式譲渡」のほうが圧倒的にスムーズで、買い手・売り手双方の手間が少なく済みました。
5億円規模ではどちらが適しているか?
結論から言えば、5億円規模の中小企業の売却では、「株式譲渡」が選ばれるケースが圧倒的に多いです。理由は以下の通りです。
- スムーズに引き継げる(契約の再締結が不要)
- 個人の株主にとって税率が明確かつ比較的低い
- 従業員・取引先への影響が少ない
実際、国が運営する「中小M&Aガイドライン」においても、「中小企業のM&Aの大半が株式譲渡」と明記されています。特に売り手がオーナー経営者である場合、個人が所有する株式を売却して、まとまった現金を手にするという形が最も一般的であり、税務上のメリットも大きいとされています。
ただし、以下のようなケースでは「事業譲渡」が有利になる可能性があります。
- 複数の事業を運営しており、一部だけ売却したい
- 会社自体には不要な資産や債務がある
- グループ再編、法人間での再配置をしたい
たとえば、ある卸売業者が不採算部門だけを売却して再建を図ったケースでは、余計なリスクを買い手に引き継がないよう「事業譲渡」を採用しました。手続きには時間と労力がかかりましたが、買い手の理解と合意形成を経て、無事に成立しました。
税務面でも違いがあるため、スキーム選定時にはFAだけでなく税理士の関与も不可欠です。たとえば、株式譲渡なら譲渡益に対する「譲渡所得課税(20.315%)」が基本ですが、事業譲渡は法人側での利益認識となり、「法人税+消費税+登録免許税」がかかることがあります。
さらに、事業譲渡では顧客・取引先との契約やリース契約の承継に相手方の同意が必要となるため、契約内容や関係性によっては実現が困難になる場合もあります。
したがって、スキーム選定にあたっては、以下の3点を基準に検討するのが望ましいです。
- 「何を引き継ぎ、何を切り離したいか」
- 「買い手がどこまで引き継ぎを望んでいるか」
- 「税務・法務・手続きの負担と費用」
最終的には、売り手・買い手双方の目的と条件をすり合わせたうえで、どちらのスキームが最も合理的で、かつ実現性が高いかを判断することが大切です。
5億円規模のM&Aでは、ほとんどのケースで「株式譲渡」が採用されますが、「部分売却」「事業再編」「リスク遮断」などの特別な事情がある場合は、「事業譲渡」も十分に選択肢となります。迷ったら、早めにFAや士業に相談し、目的に合った最適なスキームを設計するようにしましょう。
5.“高く売れる会社”の3つの条件とは
社長依存からの脱却
M&Aで高く評価される会社の第一条件は、「社長がいなくても回る会社」であることです。中小企業では、経営判断・営業・財務などがすべて社長に集中しており、「社長がいなければ何も動かない会社」が非常に多いです。しかし、こうした状態は買い手から見ると「引き継げないリスク」となり、結果として評価が下がる原因になります。
買い手が求めているのは、「引き継いだあとも安定的に運営できる組織」です。したがって、売却前にいかに“社長依存”を解消できるかが、企業価値を大きく左右します。
社長依存から脱却するために取り組むべきことは以下の通りです。
- 権限委譲(管理職や次世代幹部への業務移管)
- 業務マニュアルの整備(属人業務の見える化)
- KPI管理・PDCA運用の仕組み化
- 月次報告・会議体などの組織的な意思決定体制
たとえば、私が支援した小売業の案件では、社長が3年前から権限委譲を徹底し、実務は全て店長と管理部門が担っていました。その結果、買い手から「すぐに引き継げる」「リスクが少ない」と高く評価され、同業他社より1.5倍のマルチプルで売却が実現しました。
逆に、全てが社長の頭の中にある企業では、どれだけ収益性が良くても「買ってからの不確実性が高い」と判断され、価格交渉が不利になるケースが後を絶ちません。
将来の成長ストーリーの可視化
高く売れる会社の2つ目の条件は、「成長ストーリーが描けること」です。M&Aは、単なる現在の利益ではなく「将来の可能性」に対して価格がつく投資行為です。したがって、買い手にとっての「拡大余地」「シナジー効果」「市場の伸びしろ」が明確であるほど、評価は高まります。
以下のような要素が「成長ストーリー」として評価されやすい傾向にあります。
- 新規サービス・プロダクトの開発計画
- 既存サービスのスケーラビリティ(拡張性)
- 既存顧客基盤のLTV向上策
- 海外展開・多店舗展開の可能性
- 業界のトレンドを捉えたビジネスモデル転換
たとえば、あるIT企業の売却では、足元の営業利益は年間4,000万円と平均的でしたが、「AIソリューションに特化した新サービス」の構想を明確にプレゼン資料に落とし込み、買い手のファンドが「3年後には年商10億円規模の成長が見込める」と判断。結果として希望価格を超える5.8億円での成約に至りました。
このように、「将来像を語れるかどうか」は、単なる夢物語ではなく、「数値計画」「市場背景」「自社の強み」の3点セットで客観性を持たせて伝えることが重要です。
逆に、将来について語れない企業は、「現在の数字が頭打ちになったら終わり」と見なされ、保守的な価格提示にとどまってしまいます。
整ったガバナンスと業務管理
3つ目の条件は、「会社としての内部体制が整っていること」です。どれだけ業績が好調でも、「内部がぐちゃぐちゃ」では買い手にとって大きなリスクとなります。M&Aにおいては、「安心して引き継げる体制」があるかどうかが、買収判断に直結します。
具体的に整備しておくべきポイントは以下の通りです。
- 月次試算表・資金繰り表・KPI管理の整備
- 業務フローの文書化・SOP(標準作業手順書)の整備
- 契約書類(雇用契約・取引契約など)の完備
- 就業規則・労務管理の法令準拠
- 反社会的勢力排除・コンプライアンス体制
たとえば、ある物流会社では、紙とFAX中心のオペレーションをすべてシステム化し、クラウドで業務を可視化した結果、「管理コストが低く、統制も効いている」と判断され、複数の買い手が競合し、希望価格以上のオファーが集まりました。
一方で、請求書発行がバラバラ、取引契約が口頭のみ、役員報酬が未整備…という会社では、買い手が「買収後に整備するコストが大きすぎる」と判断し、価格交渉が難航、最終的に破談となった例もあります。
つまり、ガバナンスと業務管理の整備とは、「会社としての信頼性を証明する仕組み」なのです。これは、外からは一見見えない部分ですが、デューデリジェンスで必ずチェックされる領域です。
整っていない会社は、どんなに表面的に魅力があっても「地雷があるかもしれない」と判断されてしまいます。
まとめ:高値で売れる会社は「見える化」できている
5億円での会社売却を実現するためには、「数字」だけでなく、「人・仕組み・将来性」の3つを明確に見せることが不可欠です。高く評価される会社には、「社長がいなくても動く組織」「未来が語れるビジョン」「信頼できる内部統制」の三拍子が揃っています。
これらは一朝一夕には整いませんが、売却を意識した段階から取り組めば、半年〜1年で十分に磨き上げることができます。次に進むステージのためにも、今から“高く売れる会社づくり”を始めましょう。
6.事前に知っておきたいFAQ(よくある質問)
自社は本当に5億円で売れる?
企業の売却価格は「希望」ではなく「評価」に基づいて決まります。目安としては、以下のような計算式でおおまかな企業価値を把握することが可能です。
評価方法 | 内容 | 5億円実現の基準例 |
---|---|---|
EBITDA倍率法 | 営業利益+減価償却費 × 業界倍率 | EBITDA 約7,000万円 × 7倍 = 約5億円 |
年買法 | 営業利益 × のれん年数 | 営業利益 約1億円 × 5年分 = 約5億円 |
また、純資産の額や将来の成長性、業界トレンドとの相性、競合性なども加味されます。私が支援した医療系ベンチャーでは、営業利益はまだ少なかったものの「再現性あるビジネスモデルと独自性」が評価され、5.2億円で売却されました。
逆に、売上や利益はそこそこあるにもかかわらず、「社長依存」「属人化」「ガバナンス不備」などの理由で評価が下がり、2〜3億円のオファーしか出なかったケースもあります。
「今の自社がどれくらいで売れるか」を客観的に知るには、FAや会計士による簡易バリュエーションを依頼するのが第一歩です。
仲介手数料や税金はいくら?
M&Aでのコスト面で最も多い質問が「手数料と税金はいくらかかるのか?」というものです。これらは売却代金の中から控除されるため、実際に手元に残る金額を把握するうえで非常に重要です。
仲介手数料の目安
- レーマン方式が主流(段階式割合)
- 5億円の売却では、おおよそ2,000万~3,000万円程度が目安
仮に「5億円×5%」とすれば、2,500万円が成功報酬となります。着手金や中間報酬が別途必要な場合もあるため、契約前に「報酬体系」を必ず確認しておくことが重要です。
譲渡所得税の目安
- 個人株主の場合、譲渡益に対して一律20.315%課税
- 譲渡益4億円なら税額は約8,126万円
これにより、税引後の手取りは大きく変わります。節税目的で退職金の支給や持株会社を活用する手法もあるため、税理士と早めに対策を検討すべきです。
売却までにかかる期間は?
一般的な中小企業のM&Aでは、売却準備からクロージングまでに「6ヶ月〜12ヶ月」かかるのが標準です。
- 準備フェーズ(目的整理・専門家選定):1~2ヶ月
- 企業価値算定・ノンネーム作成:1ヶ月
- 買い手探索~意向表明取得:2~3ヶ月
- 基本合意~DD~契約交渉:2~4ヶ月
ただし、業種やスキームによっては1年以上かかることも珍しくありません。特に、未整理の資料や簿外リスクがある場合、買い手が慎重になり、交渉が長引く傾向にあります。
「いつまでに売りたいか」から逆算して、早めに動き出すことが成功のカギです。
売却後の社員・取引先への影響は?
売却にあたり、多くの経営者が不安に感じるのが「社員はどうなるのか?」「取引先は離れてしまわないか?」という点です。
結論から言えば、これらは「説明と段取り次第」で大きく変わります。買い手が雇用を継続する意向であっても、説明が不十分だと社員が動揺して離職したり、取引先が警戒して関係を切ることもあります。
影響を最小限にするために必要な対応は以下の通りです。
- 社員向け説明会の開催(クロージング直後が目安)
- 雇用条件・社風の維持に関する明確な説明
- 主要取引先への個別報告と今後の体制説明
過去の事例では、売却前に社員全員へ丁寧なレターと社長の動画メッセージを配布したことで、社員の離職率ゼロでM&Aを成功させたケースもあります。
買い手が現れなかった場合は?
「本当に売れるのか?」という不安は誰しもが抱えるものです。買い手が現れない原因には、以下のようなパターンがあります。
- 価格や条件が相場より高すぎる
- 財務や組織が未整備でリスクが高い
- 買い手に向けた魅力がうまく伝えられていない
このような場合、以下のアプローチが有効です。
- 譲渡条件の見直し(価格・社長の残留意向など)
- 資料やIMのリライト(わかりやすさ・魅力の可視化)
- FAや仲介会社の変更、再打診の戦略変更
また、「今すぐ売れないなら1~2年かけて整備し直す」ことも有力な選択肢です。実際、買い手がつかずに1年半かけて体制を整え、2度目の打診で4社からオファーが来た案件もあります。
売却はタイミングと整備次第で結果が大きく変わるため、諦めるのではなく、戦略を見直す姿勢が重要です。
まとめ
5億円規模の会社売却は、偶然や勢いで成功するものではありません。記事全体を通じてお伝えしてきたように、売却の成否は「準備の質」によって9割が決まります。M&Aは単なる契約ではなく、経営者の人生の集大成でもあります。
- 売却準備は1年前から始める
- 社長依存を脱却しておく
- 財務・法務を可視化する
- 専門家と早期に連携する
- 買い手に伝わる魅力を磨く
「自社を売るべきか?」「今の状態で売れるのか?」と悩んでいる方こそ、まずは信頼できるプロに相談することが第一歩です。
詳しく知りたい方は、ぜひアーク・パートナーズまでお問い合わせください。
