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M&A価格の決まり方|DCFに頼らない実務3手法と成功する値決めのコツ

「DCFで評価したけど、実際の値付けはこうならない…」「買い手はどうやって入札価格を決めているの?」――そんな疑問やモヤモヤをお持ちではありませんか。中小企業M&Aの現場では、理論よりも“決め方のルール”が成果を分けます。本記事は、DCFに頼らずに価格が決まっていく実務の全体像を、初心者にもわかる言葉で解説します。

■本記事を読むと得られること

  1. 現場で使われる値決め3手法(年買法・EV/EBITDA・実査査定)の仕組みがわかる
  2. 入札上限の決め方(社内基準・高値づかみ回避・シナジー織り込み)が理解できる
  3. 売り手・買い手それぞれの交渉ポイントと価格を高める実務アクションが掴める

■本記事の信頼性
筆者はM&Aアドバイザー歴10年以上、関与実績200件超。中小企業庁の登録M&A支援機関として、信頼性・誠実性・専門性・スピードを重視した支援を行っています。理論と現場の両面から、実際に意思決定に使われている“値決め”を解説します。

読み終える頃には、「価格はこう組み立てる」「この条件なら上限はここ」という判断軸が手に入り、ムダな高値づかみを避けながら、有利に交渉を進める準備が整います。まずは全体像から一緒に押さえていきましょう。

1. なぜ「うちの会社の値段」が気になるのか

M&Aを検討する経営者にとって、「自分の会社はいくらで売れるのか」という疑問は避けて通れません。これは売り手に限らず、買い手にとっても同じで、「この会社をいくらで買えば適正なのか」という判断は非常に重要です。価格の決定は、単なる数字合わせではなく、今後の経営や投資の成否を左右する重大な意思決定につながります。

実際、会社の価値を測る方法は数多くあります。ファイナンス理論に基づくDCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)やマルチプル法、時価純資産法などが代表的ですが、これらは理論上「正しい」評価方法とされています。しかし、現場の中小企業M&Aでは、必ずしもこうした方法がそのまま使われているわけではありません。多くの場合、よりシンプルかつ実務的な基準によって価格が決まっています。

背景には、中小企業特有の事情があります。上場企業のように大量の市場データや予測可能な財務情報が揃っていないことや、買い手の経営判断が価格に強く影響することが挙げられます。そのため、「理論上の価値」と「実際の取引価格」に乖離が生じやすく、経営者にとっては「どうやってこの金額が出てきたのか」が分かりにくくなります。

こうした状況では、値決めの背景を理解していないと、売り手は本来得られるはずの金額を逃し、買い手は過剰な投資をしてしまうリスクがあります。たとえば、実際のM&A取引において、DCF法で算出された企業価値が5億円でも、入札価格が4億円にとどまるケースや、逆にシナジー効果を見込んで6億円まで吊り上がるケースは珍しくありません。

この「値段の決まり方」を理解することは、以下のような意味を持ちます。

  • 売り手にとっては、交渉の基準を明確にし、適正以上の価格を引き出すための準備になる
  • 買い手にとっては、過剰支払いを避けつつ、競合に勝つための入札戦略が立てられる
  • 双方にとっては、取引後のリスクを減らし、M&Aの成功率を高める基盤となる

また、中小企業庁の「中小企業M&Aの現状と課題」によれば、事業承継型M&Aの増加とともに、価格に関するトラブルや交渉の長期化が課題として挙げられています。多くは、売り手と買い手の間で「価値の捉え方」が異なることが原因です。このズレを埋めるには、理論だけでなく、現場で実際に使われている値決め方法を理解する必要があります。

この記事では、DCFなどの理論評価に頼らない、実務で多く用いられている3つの値決め手法と、その背景にある考え方を解説します。価格がどのように決まるのかを理解すれば、売り手はより有利に交渉を進められ、買い手は納得感のある投資判断ができるようになります。

次章からは、まず「なぜ理論的評価方法が中小企業M&Aで使われにくいのか」という理由から紐解いていきます。

2. 理論的評価方法が中小企業M&Aで使われない3つの理由

2.1 中小企業には統計モデルが適用しづらい

理論的な株価評価方法の多くは、大企業や上場企業を前提に設計されています。DCF法やマルチプル法(類似業種比準法)は、豊富な市場データや安定した財務予測を基に計算するため、中小企業に当てはめると精度が大きく低下します。特に、マルチプル法で使われる倍率は上場企業の統計データから算出されることが多く、非上場かつ地域密着型の中小企業の実態にはそぐわないケースが多いです。

たとえば米国の市場データを基にした業種倍率を日本の地方企業にそのまま適用すると、需要構造や市場規模の違いから実態とかけ離れた数字になることがあります。中小企業庁の報告書でも、こうした評価モデルの「汎用性の限界」が指摘されています。

実務では、経営者の経験や直近の業績、地域特有のビジネス環境など、統計モデルでは拾えない要素が価格に影響します。そのため、理論値よりも実務的な判断が優先される傾向があります。

  • 上場企業の倍率を使うと乖離が生じやすい
  • 地域や業種特性を反映しにくい
  • 将来予測の前提が不安定になりやすい

結果として、中小企業M&Aでは統計モデルの直接適用は避けられ、独自の簡易算定や現場感覚に基づく値決めが採用されることが多いのです。

2.2 難解すぎて経営者が腹落ちしない

DCF法などの理論的評価手法は、高度な数理計算や将来予測を必要とし、専門家でない経営者には理解が難しい場合がほとんどです。たとえ説明を受けても、割引率や成長率など抽象的な前提条件が多く、「本当にこの価格で良いのか」という納得感を得られないことがあります。

また、計算にかかるコストも無視できません。中小企業のDCF評価は、公認会計士やFAに依頼すると数十万円〜100万円規模の費用が発生することもあります。それにも関わらず、評価結果を見た買い手や売り手がピンと来ず、交渉では結局参考程度にしか使われないことも少なくありません。

例えば、ある製造業のオーナーがDCF法で企業価値2億円と算定されたにもかかわらず、買い手から提示されたのは1億5,000万円でした。理由を聞くと「うちの投資回収基準には合わない」というシンプルなもので、計算結果はほぼ交渉に影響を与えませんでした。

  • 専門用語や前提条件が多く理解しにくい
  • 評価費用が高額になりやすい
  • 交渉では「感覚的判断」が優先されやすい

このように、難解な評価方法は交渉の現場での実効性が低く、経営者の意思決定をサポートするツールとしては限界があるのです。

2.3 値決めと理論的価値は別物

もっとも重要な理由は、理論的な価値評価(バリュエーション)と、実際の取引価格(プライシング)は根本的に別物であるということです。理論的な価値は「その企業が将来生み出すと予測される利益や資産価値」をモデル化したものですが、実際の値決めは「買い手がどれだけ払いたいと思うか」という主観的判断に強く左右されます。

例えば、美術品オークションで鑑定額1,000万円とされた絵画でも、買い手が800万円しか出さなければ、その取引価格は800万円になります。逆に、「どうしても欲しい」と思えば、鑑定額以上の金額を出す人もいます。企業の売買も同じで、理論値が2億円でも、買い手の戦略やシナジー効果の見込みによっては3億円を提示することもあれば、1億円にしかならないこともあります。

この構造は、中小企業庁やM&A仲介協会の調査でも確認されています。多くの案件で理論評価と成約価格には10〜30%の乖離が見られ、その背景には「買い手の主観的評価」「投資回収期間の社内ルール」「競合入札の有無」などが影響しています。

理論的価値 実際の値決めに影響する要因
DCF法で算出された金額 買い手の投資回収基準、シナジー効果の見込み
マルチプル法で算出された倍率 入札競争の状況、資金調達余力
時価純資産法で算出された資産価値 事業の将来性、経営者の魅力

このように、理論的価値はあくまで「参考情報」に過ぎず、最終的な価格は交渉力や市場状況、買い手の戦略によって大きく変動します。売り手も買い手も、この違いを理解しておくことが重要です。

3. 値決めの実務フロー:買い手が価格を決めるまで

3.1 社内基準による上限設定

買い手企業がM&Aにおける入札価格を決める際、最初に行うのは「自社が支払える最大金額」を明確にすることです。これは、単なる感覚ではなく、社内の投資基準や財務方針に基づいて設定されます。例えば、投資額の回収期間を何年以内にするか、事業の利益率や成長見込みをどの程度見込むかなど、定量的なルールが存在します。

中小企業庁の調査によれば、多くの中堅・中小の買い手企業では「回収期間を3〜5年以内」とする基準を設けており、この期間で回収できると判断した場合にのみ入札を行う傾向があります。これにより、無理な価格提示を避け、買収後の財務リスクを軽減できます。

具体的な設定例は以下の通りです。

  • 営業利益の3年分+修正後純資産額=上限価格
  • 予想EBITDA×社内設定倍率+ネットキャッシュ=上限価格
  • 既存事業とのシナジー効果を一部加算して上限価格を設定

このような基準を事前に持つことで、感情や競争心に流されず、合理的な入札判断が可能になります。

3.2 高値づかみを避けるためのルール

M&Aでは、競争入札の場面で「高値づかみ」をしてしまうリスクが常につきまといます。高値づかみとは、実際の事業価値や回収可能額を超える価格で買収してしまい、結果として投資回収ができなくなることです。買い手企業はこれを防ぐために、いくつかのルールを設けています。

代表的なルールは以下の通りです。

  1. 入札価格は必ず社内基準上限を超えないこと
  2. 将来のシナジー効果は確実性の高い部分のみ織り込む
  3. 感情的な判断や競合への対抗入札は避ける

例えば、ある流通業の買い手は、競合との入札競争で価格が吊り上がった際に一度は追加提示を検討しましたが、社内基準を超えることが判明したため撤退を決断。その後、買収した競合は想定以上の統合コストに苦しみ、収益が悪化したという事例もあります。こうしたルールは短期的には案件を逃すことになりますが、長期的な財務健全性を守るためには必要不可欠です。

3.3 シナジー効果の織り込み方

シナジー効果とは、買収後に得られる事業上の相乗効果を指します。たとえば、販売チャネルの共有による売上増加や、仕入れコストの削減などが挙げられます。理論的な企業価値評価(DCF法など)では、通常シナジー効果を評価額に含めないことが多いですが、実務の値決めでは一部織り込むケースが一般的です。

ただし、全てのシナジー効果をそのまま価格に反映すると、買い手の利益余地がなくなります。そのため、実務では以下のようなルールで織り込みます。

  • 実現確度が高いシナジーのみ織り込む(例:既存顧客への販売拡大)
  • 長期的・不確実なシナジーは織り込まない(例:新市場開拓)
  • シナジー額の一部のみを価格に反映(50%程度など)

例えば、食品メーカーが同業他社を買収する場合、仕入れの統合で年間1億円のコスト削減が確実に見込めると判断すれば、その効果の半額〜全額を価格に上乗せします。一方、新ブランド展開など不確実性が高い要素は反映しません。

このような慎重な織り込みは、過剰な価格提示を防ぐと同時に、買収後の投資回収を確実にするための重要なポイントです。

まとめ

買い手がM&Aで価格を決める流れは、まず社内基準による上限価格を設定し、それを超えないよう入札価格を決めます。さらに、高値づかみを避けるためのルールを守り、シナジー効果は確実性の高い部分だけを慎重に織り込みます。これらのプロセスを徹底することで、買収後の経営リスクを抑えつつ、戦略的に有利なM&Aを実現できます。

4. 中小企業M&Aで使われる3つの値決め基準

4.1 年買法(年倍法):純資産+利益年数分

年買法(年倍法)は、中小企業M&Aで最もよく使われる値決め方法の一つです。計算は非常にシンプルで、時価修正後の純資産額に、将来得られるであろう年間利益の数年分を「のれん代」として加算するだけです。

計算式は以下の通りです。

時価修正後純資産 +(年間利益 × 年数)= 株式価値

たとえば、純資産が3億円、年間利益が5,000万円、のれん代を3年分と設定した場合、計算は以下のようになります。

3億円 +(5,000万円 × 3)= 4億5,000万円

この方法のメリットは、理解が容易で交渉の場で即座に計算できる点です。特に財務やM&Aに不慣れな経営者同士でも、ベースとなる資産額と利益をベースに話を進められます。

ただし注意点として、将来の利益見込みは売り手と買い手で差が出やすく、のれん代の年数設定次第で金額が大きく変動します。また、過去の利益をそのまま使うのではなく、買収後に見込まれる修正後利益を使うのが一般的です。

  • 短期間での試算が可能
  • 交渉の共通言語になりやすい
  • 将来予測の根拠を明確にする必要がある

4.2 EV/EBITDA法:稼ぐ力を倍率評価

EV/EBITDA法は、企業の「稼ぐ力」を倍率で評価する方法です。EV(Enterprise Value:企業価値)をEBITDA(税引前・利払い前・減価償却前利益)で割った指標を基にします。大企業の株価分析でよく使われますが、中小企業M&Aでも応用されています。

計算式は以下の通りです。

EV = EBITDA × 倍率

さらに株式価値を求める場合は、EVから有利子負債を差し引き、現金などの余剰資産を加算します。

株式価値 = (EBITDA × 倍率)+ 現金等 − 有利子負債

たとえば、EBITDAが1億円、社内で設定した倍率が5倍、現金2,000万円、借入金5,000万円の場合:

EV=1億円×5=5億円
株式価値=5億円+0.2億円−0.5億円=4億7,000万円

この方法のポイントは、倍率の設定です。上場企業の同業種倍率を参考にすることもありますが、中小企業では独自の基準や過去の取引事例から倍率を決めるケースが多いです。

  • 企業の利益創出力を反映できる
  • 設備投資や減価償却の影響を排除できる
  • 倍率設定の妥当性が重要

4.3 実査査定法:現場目利きによる評価

実査査定法は、店舗や工場などの現場を実際に訪問し、目で見て価値を判断する方法です。特に小売業、飲食業、サービス業などのBtoCビジネスで活用されます。

この方法では、財務諸表上の数値だけでなく、店舗の立地条件、設備の状態、顧客層、競合状況などを総合的に評価します。経験豊富なバイヤーや業界出身者が現場を回り、1店舗ごとに収益力や将来性を査定して合計額を出します。

例えば、飲食チェーンを買収する場合、1店舗の評価額を500万円と判断し、全10店舗で5,000万円と査定します。そこに純資産額や余剰資産を加味して最終的な株式価値を決めます。

実査査定法は、書類では見えない「肌感覚」を重視できる反面、査定者の経験や主観に左右されやすいのが難点です。そのため、多くの場合は財務データ分析と併用されます。

  • 現場の実態を直接把握できる
  • 立地や設備の魅力を評価に反映できる
  • 査定者の経験値が大きく影響する

まとめ

中小企業M&Aの値決めでは、理論的な評価手法よりも、年買法・EV/EBITDA法・実査査定法の3つが実務でよく使われます。年買法はシンプルで交渉のベースになりやすく、EV/EBITDA法は稼ぐ力を反映でき、実査査定法は現場感覚を生かせるという特徴があります。案件や業種によってこれらを使い分けることで、より実態に即した価格設定が可能になります。

5. 各値決め方法の計算例と適用シーン

5.1 年買法の計算例

年買法(年倍法)は、中小企業M&Aにおいて最もシンプルかつ実務で広く用いられている値決め方法です。この方法では、時価修正後の純資産額に、将来得られると見込まれる年間利益の複数年分を「のれん代」として上乗せします。

計算式は以下の通りです。

株式価値 = 時価修正後純資産 +(修正後年間利益 × 年数)

例として、時価修正後純資産が4億円、修正後年間利益が2億円、のれん代を3年分とした場合、以下のように計算されます。

4億円 +(2億円 × 3年)= 10億円

この場合、10億円が年買法による上限入札額となります。ポイントは、年間利益の数値に「修正後」という前提を置くことです。これは、役員報酬や一時的な費用・収益などを調整して、M&A後に実際に買い手が得られる利益を反映するためです。

  • 適用シーン:会計情報が比較的安定しており、将来の利益予測がしやすい場合
  • メリット:計算が簡単で交渉の共通言語になりやすい
  • デメリット:利益の予測が甘いと過大評価になる恐れ

5.2 EV/EBITDA法の計算例

EV/EBITDA法は、企業の稼ぐ力を倍率で評価する方法です。EV(企業価値)はEBITDA(利払い・税引前・減価償却前利益)に一定の倍率をかけて算出します。倍率は社内ルールや業種の相場に基づいて決めます。

計算式は以下の通りです。

企業価値(EV)= EBITDA × 倍率

さらに株式価値を求めるには、EVから有利子負債を差し引き、余剰資産(現金や事業に不要な資産)を加えます。

株式価値 = EV − 有利子負債 + 現金等

例として、EBITDAが3億円、倍率5倍、現金1億円、借入金4億円の場合:

  1. EV=3億円 × 5倍 = 15億円
  2. 株式価値=15億円 − 4億円 + 1億円 = 12億円

この方法は、減価償却や資本構成の違いを排除して事業の純粋な収益力を測れるため、設備投資の大小が異なる企業同士の比較にも有効です。

  • 適用シーン:業界内で倍率相場が存在し、EBITDAが安定している場合
  • メリット:利益創出力を直接評価できる
  • デメリット:倍率の設定を誤ると評価が大きくブレる

5.3 実査査定法の活用例

実査査定法は、現場を訪問し、目視によって事業価値を判断する方法です。主に小売業、飲食業、サービス業などで使われます。財務諸表では見えない要素、例えば店舗の立地、客層、設備の状態、スタッフの質などを評価に反映できます。

例えば、10店舗を展開する飲食チェーンを買収する場合、1店舗あたりの評価額を500万円と査定したとします。この場合、事業価値は以下のように計算されます。

500万円 × 10店舗 = 5,000万円

これに時価修正後純資産や余剰資産を加えて株式価値を決定します。財務面だけでなく、現場の雰囲気やブランド力、スタッフ教育の質など、将来的な収益性に直結する要素を重視するのが特徴です。

  • 適用シーン:財務データだけでは評価が難しいBtoC事業や店舗ビジネス
  • メリット:現場の実態を反映できる
  • デメリット:査定者の経験や主観に左右されやすい

まとめ

年買法は資産と利益をベースにシンプルに計算でき、EV/EBITDA法は稼ぐ力を倍率で評価し、実査査定法は現場のリアルを価格に反映します。それぞれの方法には得意分野と限界があり、実務ではこれらを組み合わせて最終的な値決めを行うケースが多いです。売り手・買い手双方が計算根拠を理解することで、納得感のある価格交渉が可能になります。

6. 売り手視点での活用法:高く売るための3つの戦略

6.1 数字の見せ方を整える

買い手はM&Aの判断を行う際、まず数字を確認します。そのため、財務諸表や業績データの見せ方は、売却価格に直結します。特に中小企業の場合、経営者の私的費用や一時的な損益が業績に含まれていることが多く、そのままでは本来の収益力が正しく伝わりません。

売り手が行うべきは「修正後利益」の提示です。役員報酬、親族給与、私的経費、臨時費用などを調整し、実質的な営業利益を算出して提示します。これにより、買い手はM&A後の実際の収益力を正しく評価できます。

中小企業庁の事業承継・引継ぎ支援センターも、M&Aにおいて修正後利益の提示が重要であると明記しています。特に、以下のポイントを押さえて整えることが有効です。

  • 不要な資産・負債を整理し、貸借対照表をスリム化
  • 季節変動や一時的要因を除外して収益を平準化
  • 売上や利益の推移をグラフ化し、成長傾向を可視化

例えば、飲食業A社では、オーナーの私的経費や一時的な修繕費を除外して修正後利益を計算した結果、営業利益が年間1,500万円から2,300万円に増加。買い手の評価が上がり、売却価格は当初想定より15%高くなりました。

6.2 シナジーを魅せる資料づくり

買い手は、自社と組み合わせた場合にどれだけの相乗効果(シナジー)が得られるかを重視します。シナジーには、売上増加やコスト削減、販路拡大などがありますが、売り手がこれを「数字で」示すことができれば、買い手は高い評価をしやすくなります。

有効なのは、以下のような資料づくりです。

  • 買い手の既存販路に自社商品を乗せた場合の売上予測
  • 仕入れの一括化による原価低減効果の試算
  • 重複部門削減による人件費削減額の試算

たとえば、製造業B社は、大手商社が買い手候補となった際、商社の販路に自社製品を流通させた場合の年間売上増加額(約3億円)をシミュレーション資料として提示しました。この結果、買い手はそのシナジー効果の一部を価格に反映し、当初の提示額より5,000万円高い条件で契約が成立しました。

重要なのは、シナジーを感覚や期待値で語るのではなく、データや具体的な数字で裏付けることです。これにより、買い手は価格上乗せの合理性を社内で説明しやすくなります。

6.3 値決め基準を意識した交渉

買い手は、年買法、EV/EBITDA法、実査査定法など、自社の社内ルールに沿って上限価格を設定しています。売り手がこの基準を理解して交渉に臨むことで、より高い価格を引き出せます。

例えば、買い手が「EBITDAの5倍+ネットキャッシュ」という基準を採用している場合、売り手は以下のような対策を取ることで評価額を高められます。

  • EBITDAを押し上げるため、一時的な経費や非経常損益を調整
  • ネットキャッシュを増やすため、不要な借入を返済し、現金を積み増す
  • 短期間で収益が改善した事例を資料化して提示

実際に、サービス業C社は、買い手がEV/EBITDA法を使っていることを把握し、決算前に不要な資産売却で現金を増加させました。その結果、ネットキャッシュがプラスになり、最終提示価格が当初見積もりより2,000万円増額されました。

このように、売り手が買い手の値決め基準を意識し、数字を戦略的に整えることで、交渉力が大幅に向上します。

まとめ

売り手が高く売るためには、①修正後利益の提示で本来の収益力を見せる、②シナジー効果を数字で示して買い手の期待値を高める、③買い手の値決め基準を理解して交渉に活かす、という3つの戦略が有効です。これらを実践すれば、単に「待つだけの売却」ではなく、戦略的に価格を引き上げるM&Aが可能になります。

7. 買い手視点での活用法:リスクを抑える値決め術

M&Aの買い手にとって、最も避けたい失敗は「高値づかみ」による投資回収不能です。適正な値決めを行うには、自社の投資基準に基づき、冷静かつ戦略的な判断を行う必要があります。単に提示された価格に合わせるのではなく、数字と現場の両面から分析し、回収可能性を明確にしたうえで入札額を設定することが重要です。

社内基準を明確にしておく

まず、M&Aを検討する前に「自社が支払える最大金額」を明文化しておくことが大切です。これは感覚や経営者の経験則ではなく、回収期間や利益率などの定量基準に基づくべきです。中小企業庁の調査によれば、回収期間を3〜5年以内と設定する買い手企業が多数を占めています。

例えば、以下のような基準を事前に設定します。

  • 修正後営業利益 × 3年分 + 修正後純資産額 = 上限価格
  • EBITDA × 設定倍率(業界相場や社内基準) + ネットキャッシュ = 上限価格
  • 自己資本比率や借入金返済能力を基準に、負担可能な年数を逆算

こうした基準をあらかじめ定めておけば、交渉の場で感情的になったり競争心に流されたりすることを防げます。

高値づかみを防ぐ仕組みを持つ

競争入札や限定交渉の場では、他社に勝つために価格を吊り上げてしまう危険があります。これを防ぐには、「絶対に超えない価格ライン」を社内で共有し、どんな条件でもそれを超えないルールを徹底します。

加えて、将来のシナジー効果は実現確度の高い部分のみを価格に織り込み、期待値だけで過大評価しないことが重要です。以下のような運用ルールが有効です。

  1. 必ず財務モデルに基づきシナリオ別シミュレーションを行う
  2. 交渉責任者と最終決裁者を分け、冷静な判断を担保する
  3. 価格以外の条件(PMI体制、契約条件)も総合的に評価する

例えば、製造業のある買い手は、競争入札の最終段階で他社より1億円高い価格提示を検討しましたが、社内ルールにより上限額を超えるため撤退。結果的に落札した競合は統合コストの増加で赤字化し、自社は損失リスクを回避できました。

デューデリジェンスでリスクを洗い出す

値決めの根拠を強化するには、デューデリジェンス(DD)による徹底的な調査が欠かせません。財務DD、法務DD、ビジネスDD、人事DDなど、多角的な視点で対象企業の実態を把握します。特に中小企業の場合、簿外債務や未払い残業代、環境関連負債などが潜んでいることが少なくありません。

調査で判明したリスクは、以下のように価格に反映させます。

  • 債務・リスクの金額分を減額する
  • 一定条件を満たさない場合は契約解除できる条項を盛り込む
  • 表明保証違反があった場合の損害賠償条項を設定

例として、小売業の買い手が実査で店舗を訪問した際、消防設備の未更新が複数店で見つかり、更新費用として約2,000万円を見積もりました。その金額を減額要請し、合意価格を抑えることができました。

市場比較と事例調査を活用する

同業種・同規模のM&A事例や業界の倍率相場を調査し、入札価格の妥当性を検証します。東京商工リサーチや中小企業庁、M&A仲介会社の公表データを活用すると信頼性が高まります。

例えば、直近3年間の同業種成約倍率がEBITDAの4〜6倍で推移している場合、自社の設定倍率が5倍であれば相場範囲内と判断できますが、7倍以上であれば過熱感があると判断できます。

まとめ

買い手がリスクを抑えてM&Aを成功させるには、①明確な社内基準の設定、②高値づかみ防止ルールの徹底、③デューデリジェンスによるリスク洗い出し、④市場比較による価格妥当性検証、という4つのプロセスが不可欠です。これらを組み合わせることで、冷静かつ戦略的な値決めが可能となり、長期的な投資回収と企業成長を両立できます。

 

まとめ

中小企業M&Aにおいて、理論的評価(DCF法など)は必ずしも実務で使われるとは限りません。現場では年買法、EV/EBITDA法、実査査定法といった、買い手が納得しやすく交渉材料として使える手法が主流です。売り手としては、これらの値決め基準を理解し、数字やシナジーを効果的に示すことで、有利な価格での成約が可能になります。以下のポイントを押さえ、戦略的に進めましょう。

  1. 理論評価と実務評価は別物である
  2. 年買法・EV/EBITDA法を理解する
  3. 数字とシナジーを魅力的に示す

詳しく知りたい方は、ぜひアーク・パートナーズまでお問い合わせください。

 

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